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養父の隠し子は今…(1) | 秘密のあっ子ちゃん(115)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

今回の調査の主人公は、今年米寿を迎える男性です。
彼は十歳の時、遠縁にあたる繊維問屋に養子に入りました。この繊維問屋は何代も続く老舗で、跡取りがなかったため、是非にと請われて、六男であった彼が養子になったのでした。
養父は豪気な人で、商売の才覚も合わせ持っており、彼が養子に入った昭和初期には店はかなり繁盛していました。養母は優しい人でしたが、病弱で、それ故に子宝に恵まれず、早い時期に亡くなっています。
彼は戦後、養父の跡を継ぎ、店を切り盛りしてきました。昭和三十年代には、旧泰然とした老舗の経営体制を改め、株式会社にしました。その後、厳しい繊維業界の中で、様々な生き残り策を模索し、会社を存続発展させて、十九年前、六十九歳の時に引退しました。彼もまた子供には恵まれず、会社は長年、自分の片腕として勤めてきてくれていた、当時五十三歳の常務に譲ったのでした。仮に彼に子供がいたとしても、同族に跡を継がせるという気持ちは、法人にした時からまるで持っていませんでした。
妻には既に先立たれていましたが、その後、彼は悠々自適の生活を送ってきました。しかし、一つだけ気掛かりなことがあったのです。
子宝に恵まれず、妻に先立たれて一人きりになっているとはいえ、彼は会社を後継者に譲った後は悠々自適の生活を送っていました。 しかし、一つだけ気掛かりなことがありました。それは、養父が奉公に来ていた女中に生ませた隠し子のことでした。
当時、彼は養子に入ったばかりである上に、十代前半という若さも手伝って、詳しいことは聞かされていませんでした。が、大人達があたふたと動き回っていた様はありありと記憶に残っていました。
その頃、養母は既に床に就いたきりでした。まだ四十代前半の養父は、行儀見習いの奉公に来ていた若い女中に手をつけ、その結果、女の子が生まれました。まだ祖父が健在だった頃で、祖父はその女中に小さな家を与え、養父に生活の面倒を見させました。その後、もう一人女の子が生まれたと、彼は記憶しています。 養母が亡くなった後、その女性を後添えにという話も上がりましたが、祖父は頑としてこれを受け入れず、二人の女の子は養父の隠し子として育てられたのでした。しかし、養父は度々この家に通い、二人の女の子を慈しんで育てました。
それから二十年近くが経ち、依頼人(現在八十八歳)の養父の二人の隠し子達は適齢期を迎える頃になりました。二人のうち、姉の方に分家筋の勧めで、京都の小間物問屋への嫁入り話が進んでいました。
しかし、「隠し子」や「私生児」という出生では、歴とした老舗へ嫁に出すには如何にも具合が悪く、養父は二十年以上も妾として暮らしてきた二人の母を正式に後妻として入籍させました。彼女を後添えに直すことをあれほど反対していた養祖父も既になく、入籍は誰の反対に合わずに、スムーズに取り行われたのでした。
ところが、養父は入籍しても、なぜか彼女を家に迎えようとはせず、娘の婚礼が滞りなく済むと、どうしたことか、すぐさま彼女を籍から抜いたのでした。
依頼人はこの辺りの事情を出征していた中国大陸から戻ってきた後で身内の者に聞かされました。彼は養父のやり方を理不尽だと憤りましたが、抗議しようにも、養父は既にこの世にはありませんでした。
上の娘を嫁がせてしばらくした頃、養父は急な病で没していたのでした。
依頼人(現在八十八歳)が中国大陸へ出征している間に起こった出来事は、全て彼が帰還してから聞かされました。しかし、当の養父も彼が中国にいる間に急な病で死亡しており、憤りを感じて抗議したくても、今更どういう考えでそうしたのか聞くことさえもできませんでした。
養父が亡くなった後も、彼女達の生活費は番頭がきっちり送金していましたが、半年が経った頃、養父の妾であった例の女性が挨拶にやって来たと言います。それは、「旦那さんが亡くなった今となっては、これ以上お世話をかける訳にはいかない」という内容のものでした。
番頭は、若旦那さん、つまり依頼人も出征中のことである故、そのことは帰還されてからゆっくりと若旦那さんと話し合えばよいと引き止めたのですが、程なく、彼女達は養父が与えた家からも姿を消したということでした。
帰還して、全ての事情の一部始終聞いた彼は、姉の方の嫁ぎ先を訪ねました。 彼女はこう言いました。 「これまでのご恩は決して忘れません。私もこうして立派な所に嫁に出させていただきました。でも、もうこれ以上ご迷惑をかけることはできないと思っているのです」
復員後、番頭や分家の者から全ての事情を聞かされると、依頼人はすぐに養父の隠し子のうち、上の娘の嫁ぎ先を訪ねました。彼は、既に老舗に嫁いでいる彼女はともかくとして、その母と妹の今後の生計を心配していました。
しかし、彼女はこう言ったのです。
「お父様が亡くなり、母ももうこれ以上ご迷惑をかける訳にはいかないと申しております。これまで、十二分なことをしていただき、私もこうして立派な所に嫁つがせていただきました。これまでのご恩は決して忘れません」
「だけど、あなたはともかく、お母さんや妹さんのこれからの生活はどうされるんですか? 私のことを気にしてくれているんでしたら、それは構わないんですよ。もともと、私だって養子の身。十歳の折、私が養子に入る前にあなたが生まれていたなら、本来はあなたが跡取り娘なんですから。ここで、あなた達を路頭に迷わすようなことになれば、私は死んだ養父に顔向けができません」
依頼人は反論しました。 しかし、彼女は重ねてこう言いました。
「お気持ちは本当に有り難いですが、それでは母が納得しないと思います」

<続>

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