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奥さんの家出(2) | 秘密のあっ子ちゃん(118)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 やっと彼女(24才)の働いていることが判明してきた矢先、彼(42才)から連絡が入りました。
 「つい先程、彼女の勤務先が出てきましたので、今、連絡を入れようと思っていたところです」と私。
 「こっちの方も、本人から電話が入ったんですわ」 「まぁ、そうですか。よかったですねぇ。で、どこに住んでいるとおっしゃっておられました?」
「いや、それが、どこに住んでいるとか、どこで働いているとかは一切言いよりませんでした。ただ、ちゃんと生活しているから、心配するなと…。それで、アイツと同じ年ごろの男と暮らし始めたとも言ってました。その男は在日だから、今度は父親も許すだろうと…」
 彼女が別の男と暮し始めたらしいということを、彼があまりにも淡々と言うので、私はどう反応していいか言葉に詰まってしまいました。
 「そうですか。あんまり気落ちされないように…。職場の方は判明してきてますが、どうされますか?」私が言えたことは、そんなことだけでした。
 「そうですなぁ。年のことから言うても、親の反対のことを考えても、前歴のことから言うても、アイツがその男の方がいいんなら、その方がええんかもしれませんしなぁ…」
 彼は、彼女の将来を考えて、会いに行くかどうか迷っていました。しかし、結局はけじめとして、最後にもう一度会って話し合うために、出かけていきました。 「きっちり別れる話がついた」と彼から連絡が入ったのは、その日のうちでした。
 それから、三ケ月程して、再び彼がやってきました。今やっている不動産の会社の業務上のことで、信用調査をしてほしいというのがその目的でした。
 梅雨の蒸し蒸しした日でした。彼はTシャツの上に長そでのシャツを着こんでいて、かなりの汗をかいていました。
 「脱いで下さって結構ですよ」と私は言いました。 「いや、ちょっと脱げないんですわ」
「どうして?」
「あれから、墨を入れたんですわ。いや、決して極道に戻った訳やありませんで。マ、言うならばアイツへの礼儀ちゅうとこですわ」 「ほんまかいな?」と私は思いました。でも、それが本心なら、よっぽど惚れていたんだなあとも思いました。
 彼は「見はりまっか?」と言って、背中一面と肩から腕にかけて彫った、まだ真新しい、それは見事な入墨を私に見せてくれました。

<終>

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