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神主の職を捨て・・・(1) | 秘密のあっ子ちゃん(128)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 西日本では激しかった今年の梅雨も明け、暑さが増してきた頃、一人の中年の男性が当社を訪れました。 彼はあまり綺麗ではないポロシャツに綿パン、汚れたスニーカーという出で立ちで、どちらかと言えば肉体労働者風でした。
 彼の依頼とは、十二年前に知り合った一人の女性を探してほしいというものでした。しかし、その二人の関係は本人達はもとより回りの人々をも巻き込み、それぞれの人生を変えてしまったのです。
 「私は今、四十才ですが、十年前までは神主をしていました。今はトラックの運転手をしているのですが…」 彼はそう話を切り出しました。
 彼は三十才になるまではある有名な神社の、何人もいる神主の一人でした。真面目一筋で通り、人の面倒見もよく、神職としてはもってこいの人物と評されていました。当時、彼には妻と幼い二人の子供がいて、家庭内もいたって円満でした。 その彼の人生が一変することになったのは、彼女がアルバイトの巫女として神社に来るようになってからのことでした。
 彼女は十九才。その年令としては驚く程古風で、いわゆる「大和なでしこ」と言っても過言ではない女性でした。
 依頼人が神主として務める神社に、アルバイトの巫女としてやってきた彼女は十九才でした。 純日本風の顔立ちを持ち、長い髪の毛を束ねた巫女姿がこれ以上似合う者はないと思えるような人でした。それに加えて、何事にも控え目で、立ち振る舞いが礼儀正しく、にもかかわらず聡明で、十九才という年令には似つかわしくない程古風な女性でした。彼は「こういう人こそが『大和なでしこ』と言うんだな」と思ったものでした。 
 彼は「妻子ある身」ということは自覚していましたが、彼女のことが頭から離れなくなっていきました。 彼女もまた、九才年上の彼に、好きになってもどうにもならぬ相手とは分りつつも、その誠実な人柄と優しさに急速に惹かれていきました。
 二人は何の確認の言葉がなくとも、お互いの気持ちが通じ合うようになっていきました。二人のデートは、勤務が終った後に彼が彼女を送っていく道中でした。近くにある大きな公園や御陵を散策しながら、二人はさまざまなことを語り合いました。彼には彼女と話している時間が心の安らぎの時となっていったのでした。
 お互いに惹かれながらも、妻子ある身の依頼人の分別で、二人の関係は公園を散策しながら、ただ会話するというだけのものが続きました。
 彼女の家庭はかなり厳格な家でした。門限があるのはもちろんのこと、中学、高校時代を通じて、男女交際には両親の厳しい目が光り、ボーイフレンドを作ることもできませんでした。
 ある日、公園を散歩している二人の姿を彼女の近所のおばさんが見てしまいました。そのことはすぐに両親の知るところとなったのです。
 彼女は「相手は誰だ?」と問い詰める両親に、決して彼の名を明らかにしませんでしたが、こっぴどく叱られてしまいました。これまでは従順に両親の意見に従ってきた彼女でしたが、この時ばかりは両親の言い分が許せず、生まれて初めて反発し、そのまま家を飛び出しました。
 しかし、勢いで飛び出したものの、彼女には行く当てもありません。さっき出てばかりの神社に戻ってきたのです。彼女の様子がいつもとは違うことに気づいた彼は、何があったかを問い正しました。
 この夜の出来事は、その後の二人の運命を変えたのでした。  彼女(当時19才)が彼のことが元で両親にひどく叱られた夜、二人は結ばれたのでした。
 これまで、依頼人の分別で、一線を越えることを踏みとどまっていましたが、彼は彼女のためには全てを捨ててもいいという覚悟で、彼女を抱いたのでした。彼女は彼女で、「妻になりたいということではない。ただこの人と一緒にいたいだけ」という想いで、彼に身を委ねたのでした。
翌日、彼女は家に戻りましたが、両親はカンカンでした。娘の初めての外泊を問い正しましたが、「友達のとこへ泊まってきた」と答えるばかりなのです。その後も、彼女の帰宅はいつもより遅くなることがしばしばでした。父親は「男だ」と直観していましたが、それでも相手は誰かということが分りません。しかも、いくら問い正しても、彼女は頑と「そんな人はいない」と言うだけなのです。
 二人は、依頼人の家庭のこと、彼女の両親のことを考えて、慎重に密会を重ねるようになりました。そうしたことが効を奏したのか、彼女の両親の怒りも次第に収まっていました。
 そんな関係が三年程続きました。しかし、この頃、二人の関係が天下晒されることになるのです。
依頼人の家庭のことと彼女の両親のことを考えて、二人は会う時も慎重に行動していました。
 彼としても彼女のためには全てを捨ててもいいという覚悟をしていましたが、敢えて事を荒立てたくはありませんでした。彼女にとっても、彼の妻子を不幸にしてまで、自分が妻の座に座ろうという気持ちは毛頭ありませんでした。
 そんな二人の関係が三年程続きました。二人は会えているだけで幸せでした。 しかし、ある日、ホテルから出てきた二人を同僚の神主に目撃されてしまいました。
 それはすぐに宮司さんに知れるところとなり、彼はどういうつもりかを厳しく問い正されました。
 宮司さんは「神主としてあるまじき行為」と、鋭く彼を非難しました。彼は「妻子を捨ててでも彼女を幸せにしたいと考えている」と真情を語りました。「妻子を不幸にして『何が誠意は示す』だ!」宮司さんは烈火の如く怒りました。
 「君も一人前の大人だ。何が人の道なのか、自分の立場をよく弁え、また、何が彼女の幸せなのかえをよく考えたまえ」
 宮司さんは「その結論が出るまでは、この件に関しては自分の胸に収めておく」と言いました。しかし、噂は一挙に広まってしまったのです。
 そしてついに、それは彼の妻や彼女の両親の知るところとなりました。
 彼の妻は宮司さんの仲立ちで見合い結婚をした女性です。本来は物静かで良識を弁えた人ですが、彼の不貞を知ると、初めて声を荒だてて彼をなじり、二人の幼い子供を連れて実家へ帰ってしまいました。
 彼女の両親は両親で、烈火の如く怒りました。「監督不行き届き」として、宮司さんが平謝りに謝りましたが、それでもその怒りは収まらず、彼女巫女はバイトを退めさせ、家の中へ軟禁状態に閉じ込めてしまったのでした。 彼自身も詫びに行きましたが、彼女に会わせてもらうことが叶わなかったのはもちろんのこと、家の中にも入れてもらえず、門前払いにされてしまいました。 彼は、ここで重大な決意をしたのでした。
 依頼人と彼女の不倫関係が衆知の知るところとなり、彼女は軟禁され、妻は幼い子供二人を連れて実家に帰り、仲人でもあり上司でもある宮司さんには非常に迷惑をかけてしまう事態となった彼は、重大な決意をしました。
 それは一つには、これ以上妻を苦しめる訳にはいかないと、申し出されていた離婚に同意したことでした。二つ目には、神社と宮司さんに迷惑をかけ、神主としてあるまじき行為を行った責任を取るため、神主の職を辞したことでした。
 彼は持っていた免許を生かし、トラックの運転手になりました。
 彼女の家には何度も足を運び、両親に詫びを入れようとしましたが、その度に門前払いされ、ちゃんと話すことも叶いませんでした。彼女とは問題が発覚して以来、一度も会えていませんでした。
 彼は、職も安定し、自分がもう一度きっちりした人間になった時に、再度、彼女の両親に謝りに行こうと考えました。
 それから七年の歳月が流れました。妻に子供達の養育費を送り続けながら、彼は懸命に働きました。彼女について思うことは、ただ幸せになってほしいということだけでした。
 六年の歳月が流れていました。依頼人はあれ以来、一度も彼女には会っていませんでした。事態が発覚し、妻や彼女の両親や宮司さんまでを巻き込んだ、あのゴタゴタの中で、彼は彼女にきっちりと話をする間もなく別れざるを得なかったのでした。願うことは彼女の幸せだけでした。 離婚した妻は数年前に再婚したと聞きました。彼は、苦しめてしまった妻が幸せになってくれさえすればと、それをも願っていました。妻が再婚しても、彼は子供達の養育費は毎月きちんと送っていました。
 昨年、阪神大震災があった折、高校生になった娘と中学生の息子が心配して会いに来てくれました。子供達に会うのはあれ以来初めてでした。二人とも随分と大きくなっていました。その成長した姿を見て、彼は思わず目頭が熱くなったのでした。
 聞くと、二人が彼に会いに来たのは母には内緒だと言いました。あんな震災があった直後なので、「お父さん、大丈夫だろうか?」と二人で相談して、市役所の人に理由を話し、頼み込み、彼の居所を探したのだと言います。
 彼は子供達の行動に、彼女のことをあのまま放っている自分が問われたような気がしたのでした。

<続き>

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