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神主の職を捨て・・・(2) | 秘密のあっ子ちゃん(129)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 六年も別れたきりの二人の子供達が、阪神大震災に遭遇した依頼人が無事かどうかを心配し、母親には内緒で自力で彼の居所を探し、会いに来てくれました。
 例の件があって以来、初めて会う子供達の成長振りに目を見張ると同時に、二人の優しさに「父親らしいことは何一つしてやっていないのに…」と、彼は目頭が熱くなりました。
 そして、二人の子供達のその行動は、彼女に対して何一つ動いていない自分の無責任さを問うているようにも思えました。あのゴタゴタの中で、「さようなら」の一言も言えずになっていることが気にかかりながらも、そして彼女の幸せだけを願っていながらも、何一つ彼女の役に立てていなかったのです。
 「彼女が今、どうしているのかを知ろう。あのまま両親に軟禁されているような状態なら可哀想すぎる。もし、誰かいい人と結婚して幸せになってくれているなら、それはそれでいい。ともかく、彼女がどうしているのかを知ることだ」
 彼はそう考えました。
 それでも、彼が当社に依頼にやって来るのには一年半の時間が必要だったのですが…。
 彼は逡巡していました。「彼女の現状を知る」と言っても、一体どうやって?自分が彼女の実家に直接訪ねていくことはもちろんのこと、近所をウロウロするだけでもまた彼女にどんな迷惑をかけてしまうか分らない。かと言って、その辺の事情をよく含んで彼女の現状を探ってくれそうな友人は、もう今の自分にはいない。
 そんなことをアレコレと悩んでいました。そんな時、テレビで当社のことを見たのだと言います。彼はやっと動く気になったのでした。 私はその話を聞いていて、彼が最初、電話で問い合わせてきた時に、「依頼したい」ということではなく、「相談したいことがある」と言っていたことを思い出しました。「どおりで」と私は思ったものでした。
 「彼女が今、どうなっているのか、幸せでいてくれているのか、ただそれだけが知りたいんです」
 彼はそのことを強調して帰っていきました。
 いつものことながら、「こんな人生もあるんやなぁ」と語りながら、私はスタッフに調査開始の指示をしたのでした。
 調査の結果、彼女はまだ結婚もせずに実家で暮らしていることが判明してきました。勤めにも出ず、家事手伝いをしています。
 「そうですか。まだ自由にさせてもらえないでしょうか?」
 依頼人はその報告を聞いて、今の彼女の身の上を案じていました。 「もう少し、詳しい状況は分らないものでしょうか?」彼は私達にそう尋ねました。
 しかし、彼女は今、実家ではどちらと言えば「篭の鳥」のような状況で、近所の聞き込みでも「ああ、あそこの家のお姉ちゃんねぇ。家にいたはるけど、最近はあんまり出歩かはれへんよ」という答えが返ってくるばかりで、私達が報告した以上のものはどの話からも出てこなかったのです。
「何とか知る方法はないものでしょうか?」
彼は再びそう尋ねました。 私達はウーンと唸ってしまいました。「それ以上」というと、もう彼女の両親や本人と接触せざるを得ないからです。
 「それはやはりまずいですね。彼女の両親に私が絡んでいることが分ると、また彼女に迷惑がかかりますから…」彼もそう意見でした。
 私達は彼女の両親に気づかれず、彼女の現状をもっと詳しく知る方法を思案していました。
 「まだ自由がきかないような状況とは思ってもみませんでした。私としては、彼女がいい青年と出会って幸せになってくれていることを願っていたのですが…」 依頼人はそう呟きました。そして、付け加えたのです。
 「私は彼女に出会って、彼女のことを好きになったことは全く悔いていません。彼女への想いは今も変わりませんが、まだしばらくはトラックの運転手をして稼ぎ、生活を安定させなければなりません。もう一度、正々堂々と彼女を迎えに行くにはまだ時間が必要なんです。今の私には彼女に『待っていてくれ』とは言えません。何とか幸せになってくれていればとそればかり願っていたのですが、私のためにまだ自由がきかない生活を強いられているのではと思うと、ますます申し訳なくて…」 
 彼の気かがりは却って増してしまったようでした。私としてもこのまま放っておく訳にはいきません。
「分りました。では、こうしましょう。」
私は一つの案を出しました。
 「では、こうしましょう」 私は一つの提案をしました。
私は彼女を直接訪ねて行くしかないと考えていました。近所の聞き込みでも私達が彼に報告した以上の内容は出てこない現状では、それ以上の方法ということになれば、実は、彼女自身は接触するしかないのです。
 そのために私達はまず、彼女宛に手紙を書きました。それは、彼がきっちりした話もできずに別れざるを得なかったことの詫びと、妻とも離婚し神主の職も失ったが、彼はあなたを好きになったことは全く後悔していないこと、今、一人でがんばっていると、そして、ただあなたの幸せを願っているという内容のものでした。
 この手紙は、私達が彼女を訪ねて行った時に彼女と直接話すことができれば必要ないものですが、未だに両親の監視がきつい時のための小道具でした。
 いよいよスタッフが彼女を尋ねていきました。もちろん、出向いたのは女性スタッフです。
 対応に出たのは彼女の母親でした。
 「どちらさん?」
 母親は怪訝な顔の対応でしたが、それでもすぐに彼女を玄関口に出してくれました。
 スタッフは小声で依頼人の代理できたことを告げました。彼女の顔に「えっ?!」という驚きの表情が現れました。スタッフはこの間のいきさつをもう少し詳しく話そうとしましたが、奥から母親が顔を出し、こちらの様子を窺っています。スタッフはそれ以上、彼のことについては話すことができませんでした。そこでやむなく、用意していた手紙を手渡したのでした。
 手紙の末尾には、「もし、あなたが彼のことを怒っていず、彼に対するあなたの気持ちが昔と変わっていないのなら、一度連絡を入れてあげて下さい」ということと彼の住所、電話番号を書き添えてありました。
  彼女は黙ってその手紙を受け取りました。しかし、明らかに奥から様子を伺がっている母親を気にしている様子でした。
 もうこのあとは彼女自身の判断に委ねるしかありません。
 スタッフが彼女の家を訪ねた翌日、依頼人が早速、当社にやってきました。
 彼は彼女の反応や両親の対応を知りたがっていました。
 「そうですか。やっぱり、まだお母さんが監視しているようなのですね」
彼はため息まじりにそう呟きました。それでも、意外と元気そうな彼女の様子を聞いて、少しは安心したようでした。
 「私共の手紙にはあなたの現状やお気持ちを詳しく書いてありますので、あとは彼女の判断に任すしかありません」
私はそう説明しました。 「そうですねぇ。連絡があれば、それはそれで嬉しいことですが、もしなければ、私ごときに拘わらず、次の人生を歩んでくれているものと考えます。なんにしろ、自分の気持ちを全て彼女に伝えることができましたので、踏ん切りはつきました。私もがんばって生きていきたいと思います」 彼は最後にそう言って、帰っていきました。
 あれから二週間、私達は彼女からの連絡があったのかも気になっていますが、これから彼自身がどんな人生を生きていくのかを気にしています。私達にとって、彼はとても心に残る依頼人の一人となったのでした。

<終>

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