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依頼の理由は嘘で…(1) | 秘密のあっ子ちゃん(136)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

「ストーカー」という言葉があります。最近テレビで放映されて以降、我が社もマスコミの取材の折によく質問されます。
「『思い出の人を探したい』と言って、ストーカーみたいなことにはなりませんか?」
海外では、つけ狙われ追い回された女性が精神的な被害を蒙ったり、車などを傷つけたりするため、問題がクローズアップされて、「ストーカー法」なるものも作る動きがあるとか…。しかし、翻かって我が社へ依頼されてくる人について考えてみると、ストーカーに変身することはまずないと私は断言できます。
というのも、この問題は全て依頼の動機に関わるからです。「思い出の人を探したい」と言って来られる依頼人のほとんどは、相手が「元気かどうか」「幸せかどうか」と気づかって来られる、いわば「善意の人探し」です。
同時に、私達も「何故、探すのか」という動機を必ず聞きます。嘘を話されていると、辻褄が合わないとか、ニュアンスがおかしいとか、「そんなことで、お金を出してまで探す?」と疑問が湧いてきます。ですから、当然突っ込んで聞くことになります。すると、依頼者の方がしどろもどろになってくるのです。
例えば、金融会社が居所不明になっている債務者を安く調査させようと、「中学校の頃の同級生」と言ってくることもありました。しかし、話を聞いていると、本籍やつい一、二年前の勤務先など、とうてい「中学校のころの同級生」では知り得ないことを知りすぎていて、その嘘がすぐに分ってしまったことがあります。 あるいは、追いかけ回そうとか何かの仕返しをしようと考えて依頼されてきても、依頼人の「気がかりでしかたがない」という想いの発露がないため、二、三十分も話していれば、「この動機は嘘だな」と結構分ってくるものです。
しかし、今まで一例だけ、当の相手を探し当てるまで、依頼人の嘘が分らなかったケースがありました。
その依頼人は三十九才の男性でした。三年前、彼は腎臓を患い、ひと月程入院した経験を持っています。 彼が探してほしいという人は、その時に大変お世話になった看護婦さんでした。その人は二十七才で、仕事振りはなかなかてきぱきとしており、患者への対応もとても親切だったと言います。
彼は退院直後にお礼の品を送りたいと思い、病院に問い合わせて、この看護婦さんの住所を教えてもらっています。その後、何回か年賀状などのやりとりをしたということでしたが、今年の正月には「宛名不明」で葉書きが戻ってきたとのことでした。病院に問い合わせると、彼女は既に退職していて、その後の勤務先などは分からなかったのでした。
依頼人は私達にこう言いました。
「今、どうされているのか、気になって…」
こんな話なら、よくあるケースです。何年も経ってから、入院中にお世話になった看護婦さんに「一言お礼が言いたい」とか、「実は憧れていたので、再会したい」というケースは結構多いのです。ですから、この人探しの調査の依頼もそうしたケースの一つとして、私達は考えていたのでした。
もともと、依頼人は彼女のつい最近までの住所を知っていましたので、私達はまっ先に近所への聞き込みに入りました。彼女は依頼人が「非常に親切な看護婦さん」と言っていたことが頷ける程、近所でもとても評判のいい人でした。この近所の聞き込みで、「懇意にしていた」という人からこんな情報を得ることができました。
「あの人は本当にいいお嬢さんですよ。お父さんとお母さんは離婚されたんですけど、そんな暗い影は一切なくてネ。妹さんが嫁がれてからは、彼女がお母さんの面倒を見ておられたみたいですよ。もちろん、お母さんもパートに出て働いておられましたけど…」
「それが、半年くらい前に急に越されましてネ。何でも、妹さんの嫁ぎ先のそばだって言っておられましたけど…。あんまり急だったんで、私達もびっくりしたんです」
この話から、私達は妹さんの嫁ぎ先の近辺を丹念に当たって、彼女の現住所を判明させることができたのでした。
彼女の居所は判明してきました。
その報告をして一週間が経った頃、依頼人から、今度は彼女にコンタクトを取ってほしいという希望が入ってきました。
私達はすぐさま彼女に連絡を入れました。そして、その時の彼女とのやりとりで、なんと、依頼人が彼女を探したいという動機について嘘を言っていたことが発覚したのでした。
「実は、お宅様が以前お勤めされていた病院で、大変お世話になったという患者さんが、あなたが今、どうされているのか気になさって、お探しだったんです」と私。
「……。」
反応がありません。
私は変だなと思いました。というのも、普通こう言った場合、「まぁ!どなたですの?」とか、「いやぁ、そんな気にしていただいて有り難いです」というように、ほとんどが驚きと喜びの反応を示されるからです。 「ひょっとして、私を探しているというのは○○さんではないですか?」
「ええ。よくお分かりですね」
彼女の方から依頼人の名前が出ました。でも、その声は暗く沈んだものでした。 「…。その人のことは、私、困っているんです」
彼女は「お宅を信用して話しますけど」と前置きして、意外な話を始めました。 「確かに、彼は私が勤務していた病院の患者さんでした。初めは患者と看護婦という間柄だったんですけれど、彼が退院してから、私達、つき合うようになったんです。ところが、彼はとてもやきもち焼きで、仕事として患者さんに接していても、あれこれと疑い、私を責めることが多くなってきたんです」
「それがあまりにもひどくなってきて、私も嫌気がさしてきたので、別れ話を出したんです。そしたら、彼、病院まで乗り込んできて、自分の治療の時に『私がミスした』と喚き散らしたり、仕舞いには『俺から離れようとしたら、病院も勤められへんようにしてやるからな!』と脅したりするようになったんです」
私はびっくりしました。 「まぁ!最初に依頼されてきた時の話と随分違いますよ」
「そうでしょうね。あの人は外づらはとてもいい人ですから。今となれば、そもそも、私に男の人を見る目がなかったと思っていますが…」
彼女の話は続きました。
「彼が病院に乗り込んで来て、私が治療ミスしたと喚き散らした時は、婦長さんが対応して下さったんですけれど、そんな事実は全くありませんし、何度も乗り込んで来ますので、病院側も彼の対応に手を焼いていたんです。それで、婦長さんが心配して、私に事情を聞かれたんです」
「彼はそんなに荒っぽい人なんですか?」
私は思わず話の途中で口を挟んで尋ねました。
「いえ、日頃はおとなしくて、温厚、誠実な人柄に見える人です。病院へ乗り込んで来るようになったのは、私が別れ話を出してからです」
「そうでしょうねぇ。依頼に来られた時も、そんなことをするような人には見えませんでしたもの。で、婦長さんは何ておっしゃったんですか?」
「初めは私も病院に迷惑をかけたくなかったので、自分で何とかしようと思い、『何でもありません』とか『大丈夫です』とか答えていたんです。その話で私が彼に会うと、しばらくはいいんですが、私が避け出すと、また病院へやって来るんです」
聞く限りにおいては、彼女は依頼人の振る舞いには大変な想いをしたようです。
依頼人が依頼時に話していた内容と彼女の話があまりにも食い違っているので、私は驚いてしまいました。
「で、その後の対応はどうされたのですか?」
「彼が病院へやって来ては喚き散らすことがますますエスカレートしてきますし、私もこれ以上は病院に迷惑をかけたくなかったんで、婦長さんに事情を全て話して、病院を辞めたんです。」
「まぁ!そうだったんですか」
私はさらに驚いてしまいました。彼女は依頼人のせいで、病院を辞めるはめになっていたのでした。
彼女は続けました。
「婦長さんも理事長さんも私の話をよく聞いて下さって、『そんな事になっているなんて…。一人で抱えて大変だったでしょう?』と言って下さったんです。私、嬉しくて…。今、勤めている病院も理事長さんが紹介して下さったんです。だから、彼が病院に問い合わせても、私の居所は一切言わなかったはずです。今も時々、心配して電話を下さったりしていますから…。」 彼女の話はそれだけではありませんでした。彼女が依頼人によって迷惑を被ったのは、勤め先を変わらずを得なかっただけではなかったのです。
依頼人が彼女の次の勤め先を問い合わせても、病院側は言わなかったはずです。婦長さんも理事長さんも、依頼人のしつこさから彼女をかばっていたのでした。
彼女はこうも話してくれました。
「私、車で通勤していたんですけど、自宅のマンションの駐車場に停めてあった車を夜中に傷つけられたり、タイヤを四本ともパンクさせられたりしたことがあるんです」
「まぁ!そんなことまで!?」
私はまたまた驚いてしまいました。
「犯人が彼だという証拠は何もありませんが、そんなことを連続でするのは彼しかないと思ってます。その時は警察にも届けましたが、現行犯でなければどうしようもないと言われまして…。
タイヤをやられた時、ちょうど妹が遊びに来ていて、『お姉ちゃん!これなに!?』って言われるし、妊娠中の妹にあまり心配もかけたくありませんでしたので、その時は適当にごまかしておいたんですが…」
「で、その頃の彼の対応はどうだったのですか?」
「私が彼に文句を言うために会うと、機嫌がいいのです」
私は、彼女がほとほと困り果てていた様子がありありと想像できました。
彼女に別れ話を引っ込めさせるために、病院だけでなく、自宅の車まで嫌がらせをしてくる依頼人には、彼女もほとほと困り果てていたようです。 「妊娠中の妹には心配かけたくありませんでしたので何も言いませんでしたが、もうこうなると、一人ではどう対処していいのか分からず、母に相談したんです。母には『そんな男にひっかかって!』と随分叱られましたけれど、結局、家を替わろうということになったんです。その時まで住んでいたマンションは賃貸だったんですが、いずれ分譲のマンションを購入するつもりで、貯金もしていましたし…。ちょうど、婦長さんや理事長さんの計らいで病院も代わる話も出ていましたので、この際、勤め先も自宅も変えて、彼とは一切縁を切ろうと思ったんです」 彼女は私にそう言いました。
「そうでしたか。彼は私達にはあなたを探したい動機について嘘を言ってたんですねぇ。そういうことでしたら、このままではまずいですねぇ」
私は今後の彼女の身の上を心配していました。
「そうなんです。今の住居は購入したものですから、そうそう引っ越せませんし…」
彼女も困っていました。

<続>

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