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依頼の理由は嘘で…(2) | 秘密のあっ子ちゃん(137)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 既に購入した分譲マンションからそう易く引っ越しする訳にもいかず、彼女は困っていました。
 「私の居所が分かれば、彼はまた私を引っ張ろうとして、嫌がらせをしてくるに違いないと思います」
 「う~ん。そんな陰険な人なんですか?」
 依頼に来た時の印象とあまりにも違う依頼人(39歳)の人物像に、私は再度彼女に尋ねました。
 「本当に外づらはいい人なんです。私もつきあい始めたときは、そんな人とは夢にも思いませんでした。婦長さんも彼が入院していた頃との豹変ぶりにびっくりされていましたもの。結局は私の見る目がなかったということだと思ってますけれど…」
 これから彼の対応を考えると、「まずい、困った、どうしよう」と動揺があるであろうに、彼女は淡々と私に話してくれました。それが却って、彼女の言っていることこそが真実であるとの印象を強くし、彼女の人柄の良さと芯の強さが窺えたのでした。
 しかし、私はふと疑問を持ちました。
 「でも、それだけあなたに嫌われているのが分かっているのに、彼は何故そんなにひつこく追ってくるんでしょうねぇ?金のことでも絡んでいるんですか?」
 「確かに、これまで二百万円くらいは貸しています。でも、今は私からお金を引き出すためということではないと思います。もう、私もそんなにお金を持っていないのは、彼も知っていますから……」 
 彼女はそんな風に答えて、こう続けたのです。
 「私もお金を貸しているということがありましたから、ずるずるとこうなってきてたんですけれど、そんなことをしていればいつまでも切れませんから、お金のことはもういいんです。私としては、彼とは縁を切って、一からやり直したいんです」
 私は「なるほど」と思い、何とか彼女の力になってあげることはできないものかと考えていました。
 「では、あなたとしては、今、どういう風になるのか一番いいのですか?」
 私は彼女に尋ねました。 「それはやはり、彼が私のことを諦めてくれて、私の目の前から去ってくれることです」
 「では、こうしましょう」 彼女の意志を確認して、私は一計を講じました。
 「彼は私達にあなたとコンタクトを取ってほしいと依頼されてきたのです。これまでの経過を聞いていますと、ただ単に『彼女はあなたと接触するのは嫌がられています』と伝えたところで、彼があっさりあなたを諦めるとは考えられません。彼にあなたの前から消えてもらうには、少し荒療治になりますが、私は彼にこう伝えましょう。……」 私は彼女との話がついた後も、わざとすぐには依頼人に連絡しませんでした。彼女に連絡を取って、全ての事情を聞いた翌日、今度は彼女のお母さんから私あてに電話が入りました。 「この度は本当にお世話になっております。娘のしでかしたこととは申せ、あの人のひつこさにはほとほと困り果てていたんです。今は警察の方にパトロールを強化してもらったり、いざという時には知り合いの弁護士さんにお願いしたいと申し上げているところなんですけれど、実際、娘の勤務先や住居を変えても、これまでのあの人のやり方を見ていますと、『いずれ突き止められてしまうのでは』と、娘とも話していた矢先だったんです。それが、娘の調査をあの人がお宅さんのようなところに頼んでくれたのは不幸中の幸いだと思っています。本当にお手数をかけますが、何とかよろしくお願いします」
お母さんは、ただただ「くれぐれもよろしく」と私におっしゃるのでした。それを聞いただけでも、私には彼女達母子がいかに依頼人のやり方に困り果てているかがよく分りました。 私にしても、お母さんにひたすらお願いされなくても、乗りかかった責任上、何とか彼女が今後平穏に暮せるように力になりたいと考えていました。私だって、善意の人探しであるべきこの調査を、その動機を偽って彼女の居所を探させようとした依頼人には腹を立てていたのです。
 「当社では依頼時の契約の折りに、依頼人がご自分の氏名や住所、動機などについて、虚偽の内容をおっしゃっていた場合は即刻調査を中止し、違約金を申し受けることを明示しているくらいです。マ、今回、違約金ウンヌンなどと言うつもりはありませんが、何とか彼女が依頼人のひつこさに煩わされないように協力させていただくつもりです」 私は彼女のお母さんにそう伝えました。
 その後、私は依頼人にこんな風に対処したのでした。 まず、しばらくはこちらから依頼人に対し何の連絡もしませんでした。十日程が経った頃、依頼人の方から連絡が入ってきました。 「彼女へのコンタクトはどうなっていますか?」  「それが、大変だったんですよ。ちょっと様子がおかしいんです。その辺り、何か心当たりはないですか?」 
 私は「待ってました」とばかり、こんな風に答えたのです。
 「それが大変なんですよ。いつ行っても彼女はいらっしゃらなくて、まだ直接彼女とは接触できていないんです。ところが問題はお母さんで、異常に警戒心が強いんです。その警戒心は尋常ではなく、スタッフも『何か事情があるようだ』と言っています。あなたならその辺のことをよくご存じではないかと思いまして、一度お聞きしようと思っていたんです。何かお心当たりはないですか?」
 依頼人は一瞬絶句して、こう言いました。
 「……。いや、僕は分かりません。……。お母さんはどんな風な対応だったんですか?」
 「スタッフが『彼女にお伝えしたいことがあるのでお伺いした』と申しますと、どこの誰でどんな用件なのかを根掘り葉掘り聞かれるんです。こちらの社名とスタッフの氏名を名乗りますと、誰からの伝言なのかをしつこく聞かれます。あなたからは『恥ずかしいので、彼女以外には自分の名前を出さないでほしい』と言われてますので、困っていたところです」
 「彼女のお母さんに納得していただくためには、あなたのお名前を出さなければならない状況なのですが」 私がそう説明しても、依頼人は黙ったままでした。
 「あなたのお名前を出しても構いませんか?」
 私は再度念を押して尋ねました。
 「……いや、やはりそれは困ります。彼女本人ならいいですが、お母さんにはどうも…。何とか彼女直接に連絡を取ってもらえないでしょうか?」
 彼は言いました。
 「そうなると、少し時間がかかるかもしれませんよ」 私はそう答えて、彼女とコンタクトが取れれば、すぐにでも依頼人に報告すると告げたのでした。
 翌日、私は彼女に連絡をして、依頼人による嫌がらせは起きていないかを確認しました。
 「今のところは何も起こっていません。きっと、彼は私の居所が分かっても、佐藤さんとこに任せてあるので、今は安心しているんだと思います」 
そして、こう続けたのです。 「一応、私も自宅を出入りする時は気をつけるようにしているんですけど…」 私もその方がいいと思いました。というのも、私達が彼女の自宅への嫌がらせを止めることができたとしても、依頼人(39歳)が新しい勤務先まで知ってしまうと、また何を考えるか分からないと感じたからです。
 「帰宅時よりも、仕事に行かれる時を注意された方がいいですよ。今も車で出勤されているのですか? そしたら、尾行されているかどうかの確認はこうされたらいいでしょう」
 私は彼女に、依頼人が尾けているかどうかの確認の方法と、万が一尾けられていた場合の巻き方のアドバイスをしたのでした。
 そういう風に手を打っておいて、私は依頼人への報告書を作成しました。
 「彼女と何度もコンタクトを取ろうとしましたが、なかなか連絡が取れませんでした。あまりにもご連絡が取れないので、スタッフが住所地へ出向くと、彼女の母親が管理人や知人をすぐに呼ばれて、かなり厳しく追求されました。『不審人物』として警察も呼ばれそうになりましたが、事情をお話し、また当社スタッフが女性であったため、事が大きくならずに済み、最終的に母親のお話を聞くことができました」
 「母親はこんな風におっしゃっておられました。
 『お宅に詳しい理由を言う訳にはいきませんが、娘は病院の患者さんと個人的なトラブルがあって、それが原因で病院も退職しました。事情を知って、親としては聞きづてならないことでしたので、私が昔から懇意にしている警察関係の人に預けました。本人は今、その人の保護下にあります。二度とこんなことはあってはならないことですので、監視をしてもらっているのです。学生時代や職場の同僚の方とは連絡を断たせています』……」 
 私の報告書はさらに続きます。
「『娘は私の知り合いの警察関係の人に預けてあります。本人は今、その人の保護下にあって、二度とこんなことが起こらないように、監視してもらっています。学生時代の友人や職場の同僚との連絡は断たせています』」
 「『私には娘と連絡を取りたいと言っておられる方はどなたのことかだいたい分かります。娘が病院を辞めざるを得ない原因を作った人だと思います。もし、その人であれば、今、私がお話ししたことの意味はお分かりのはずです。その人に伝えてほしいのですが、そっとしておいてくれるのなら、これ以上何も言いませんが、また今度そういうことがあれば、親としては警察に行って事件にする腹を決めています。その辺のことは警察と弁護士ともよく相談しました。本人のためを思ったら、これ以上つきまとわないで、そっとしておいて下さい』」
 そして、
 「当社としましても、彼女のお母様の話で、だいたいの事情は察することができました。お母様のご要望どおり、そっとしておいてあげるのが、ご本人のためと思われます」と付け加えて、依頼人に送ったのでした。
 そうしておいて、彼女とお母さんに依頼人に送った報告書内容を伝えました。 「こういう形で報告書を送ってありますので、ここ二週間程は気をつけておいて下さい。これで、本人があなたに付きまとうのを断念すれば動きはないでしょうが、まだ諦めないのなら二週間くらいの間に必ず動きを見せると思います。その様子を見た上で、次の方策を考えましょう」
 私は言いました。
 「それでは、その二週間は自宅に戻らず、よそに行っている方がいいでしょうか?」
 彼女は尋ねました。 「そうですねぇ。どこか泊まれる所があれば、それにこしたことはありません。それと、もし動きがあれば、対応していただかねばならないのはお母さんですから、その辺のところをくれぐれもよろしくお伝え下さい」 そう私は答えました。彼女は大事を取って、しばらくは叔父さんの家に寝泊りすると言いました。
 「もし、依頼人に動きがあれば、対応していただかねばならないのはお母さんですから、その辺のところをくれぐれもよろしくお伝え下さい」
 私が彼女にそう言うと、早速、電話口にお母さんが出られてました。
 「今が娘の正念場ですから、佐藤がおっしゃられるようにさせていただくつもりです」
 二週間がたちました。
 依頼人から当社へは何の音さたもありませんでした。私たちにはあれだけうそを言っていたわけですから、具合が悪くて連絡どころか質問すらできないのだろうと思えました。
 しかし、やはり気になって、私は再び彼女に家に連絡を入れました。
 「ずっと気を付けていましたが、お陰さまで全く動きはありません。佐藤さんが書いて下さった報告書が功を奏しているように思います」
 お母さんの話でした。
 私は確認のためによほど依頼人に連絡を入れ、状況を探ってみようかとも考えましたが、かえってやぶへびになってもいけないと思い、このままもう少し様子を見ることにしました。
 「それでは、もし何らかの動きがあれば、すぐにご相談下さい」
 私はそう言って、電話を切ったのでした。
 ひと月がたったころ、彼女とお母さんが連れ立って当社にやってきました。
 「このたびは本当にお世話になりました。あれから、娘の周りには変な動きは何ひとつありません。おそらくあれで観念してあきらめてくれたんだろうと思います。これもすべて佐藤さんとこのような調査会社がかかわってくれたおかげです」
 お母さんはただただ私にお礼をおっしゃるのでした。彼女はまたこうも言いました。
 「いい勉強をさせてもらったつもりで、今後は男の人を見る目を養っていきたいと思っています。
 こうして、この件は一件落着したのでした。

<終>

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