これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
『家出』といっても、妻が家を出る場合、その原因のほとんどは「夫に愛想がつきた」ということが多いようです。
子供に後髪を引かれる思いをしても「もう顔を見るのも耐えられない」という。とことん追い込まれた心理状態に至っての結果なのです。
家を出た時、別の男と一緒かどうかは根本原因とはあまり関係ありません。その男の存在は、家を出るための単なる『ふんぎり』にすぎず、「その男と暮らしたいから」と家を出るのではないようです。
たいていの場合、妻の側は随分以前からご主人にシグナルを送っているものです。しかし、ご主人の方はというと、それには全く気がつかない。それどころか、彼女の必死の話を聞く耳さえ持っていないのです。
そして、妻に家を出られて初めて気がつく。いや、まだ気はついていません。なぜ家を出たのか、その理由が全く分からず、ただ慌てているだけなのです。これは、定年退職した日に離婚をつきつけられる夫の図によく似ています。世のご主人方は、奥さんのシグナルにくれぐれもお気をつけ下さい。
思い詰めた上での妻の家出とは逆に、夫の家出の原因はいたって単純です。
それは『女ができた』場合がほとんど。家出した夫のほとんどが女の部屋に転がり込んでいるものです。
今年二月に依頼を受けたケースも、「主人が家を出て帰ってこない」というものでした。
依頼者は、結婚3年目という22歳の若妻。ご主人は26歳で、大手証券会社に勤務しています。
当社に調査依頼に来られたとき、彼女の父親も付き添ってきました。
彼女は、まだまだ幼い感じで、青白い顔をうつむけたままほとんど口を開きません。おとなしそうに見える女性でしたが、私は大変暗い印象を受けました。
話は彼女に代わってもっぱら父親が進めました。
ご主人の様子に変化が現れ始めたのは昨年の夏ごろ。帰宅が遅くなり、秋ごろには外泊する日も増えてきたのです。
「そのころは、娘も『仕事が忙しいのだろう』ぐらいに思っていたようだ。ところが秋ロになると、婿はいきなり『会社を辞めたい』と言い始めた」と。そして、昨年の大納会の日、「『今日こそ会社を辞めてくる』と言って出勤したっきり、戻ってこなくなった」というのです。
「主人が帰って来ない」と依頼に来られた22歳の若妻に代わって、事情を説明したのは付き添っていた父親でした。
昨年の大納会の日、『今日こそは会社を辞める』と言って出勤したまま、一か月も帰らない娘婿。父親は「娘も家内も『辞められんからよう帰って来れないんだ』と言っているのですが…」と。
そこで、私は彼女に聞きました。「ウーン、それはどうかなあ。ご主人は、そんなに気の弱い方なのですか?」
彼女は、無表情に下を向いたまま。代わりに父親が答える。
「いや、気は弱くありません。結構活発な方です」
「それじゃあ、損失補てんの問題に絡んで得意先とトラブルがあったとか、
バブルがはじけて業績が悪くて悩んでおられたということはありませんか?」
また、父親が答える。「いや、それも私が会社に探りを入れたのですが、そういうことは一切ないようです」
「で、ご主人は会社の方はどうなされているのですか?」
「それが、元気に出社して勤務はしっかりやっているようなのです」
(それだったら、会社に乗り込めばいいのに)
<続>
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