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学生街の喫茶店(1) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 関西でも指折りのマンモス校であるK大学前の喫茶店で、貴恵がアルバイトを始めたのは、十八歳、高校を卒業してすぐの春のことだった。
 喫茶店の名前は「シルクロード」。専門学校に通いながら働けるところを探していた時に、アルバイト情報誌で見つけた新装オープンの店で、自宅からもバイクで十五分ほどの場所にある。
「近いところがなにより」
 と面接に行き、即ウエートレスのバイトを決めてきた。
 私鉄の駅からK大学の正門まで、八〇〇メートルほどもある道の両脇は学生相手の店がびっしりと軒を連ね、本屋や喫茶店はもとより、雀荘や飲み屋の数も多く、通称”親不孝通り”とも呼ばれる学生街。貴恵の働く「シルクロード」もその中の一つで、間口の狭い細長い二階建てのしもた屋を改造したアンティークな喫茶店だ。白い壁に、焦げ茶の屋根と窓枠。エンジ色で統一したテーブルは、一階と二階合わせても十席ほどの小じんまりとした造りだった。
 マスターはシックなシャツを着こなした〝紳士″と呼ぶのがぴったりの温厚な人物だ。奥さんも上品なたたずまいの優しい人だった。しかし彼らは昼の忙しい時間帯だけ、たまに店に顔を出す程度で、経営のほとんどは二十五歳と二十三歳の二人の娘に任されていた。
 姉はウエーブのかかった長い髪を一つにまとめ、妹の方はショートにした髪からのぞく右の耳に金のリングピアスを二つしていた。女らしい姉と、いつもパンツルックで活動的な妹。対照的な姉妹だったが、貴恵は働き始めてすぐに、この二人と前からの友達同士のように仲良くなっていた。
 従業員は、貴恵以外にもう一人女の子がいて、夕方になると別の二人とチェンジすることになっている。扉を開けると挽きたての豆の香りと、カランカランというカウベルの音が迎えてくれるシルクロードへ、貴恵は平日の四日間通った。
 シルクロードはオープン当日から客の多くが学生だったが、一、二週間もしないうちに商経学部の溜まり場のようになっていた。
 そのほとんどが男子学生で、常連ともなると日に一度、多いときには二度、三度、下校時や授業の合間の空き時間、時には授業をさぼってはここに来る。しょっちゅう出入りしていたのは二回生の学生だったようだが、話す内容はたいがい授業内容や教授たちの批評、残り単位やどこのバイトの時給がいいかといったことだった。時には、男子に比べれば圧倒的に少ない女子学生の噂話や、品定めといった話になることもあった。
 学生たちは一人でやってきても、二階に置いてあるテレビゲームをしたり、マンガ本を読みながら時間をつぶしている。そのうちに仲間が顔を出す。待っていれば、グループの誰かがシルクロードにいたのだ。
 そうしたグループのうちの一つに「ヒゲさんたち」がいた。
 メンツは十人ほどで、やはり商経学部の学生たちだった。そのリーダー格の人物が「ヒゲさん」だ。本名は「南野」というらしいが、シルクロードに集まる誰もが、彼のことを「ヒゲさん」と呼ぶ。
 身長は一八五センチぐらい、体重は控えめに言ってもー〇〇キロ以上はあるだろう。がっしりとした肩の筋肉が盛り上がった太い腕。名前の通り、もみあげからつながったあごひげやくちひげを顔中に生やし、きまって大柄のペラペラズボンをはいている。山男のようなごつい風貌に、そのパジャマのようなズボンがアンバランスで、それが余計に彼を目立たせている。
 ヒゲさんを知らないものは、シルクロードのモグリとさえ言われる名物男で、毎日一度は必ず顔を見せる彼らのグループと、貴恵が親しくなるのに時間はかからなかった。
 彼らは「きえちゃん」「きえちゃん」と妹のようにかわいがってくれ、貴恵の知らない大学生活のことを面白おかしく話してくれた。デートに誘ってくる学生も多かったし、ひやかし半分ではなく、まじめに好意を示してくれる学生も何人かはいた。そうした連中には悪いが、そのころには貴恵の心はすでに一人の人間だけに向けられていた。
 それが「田中さん」だ。
 彼はある日、ヒゲさんたちに連れられてやってきた。シルクロードにはめずらしく、法学部の二回生とのことだった。出身が奈良で、彼と同郷の高校時代の友人がヒゲさんたちの仲間にいたことが、グループに加わったきっかけらしい。たしか一浪したとも聞いた。
「カッコいい!」
初めて彼を見た時思った。
<続く>

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