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すてきな片思い(3) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
近藤さんの通っていた高校と大学は〝プライバシー保護″のために調査拒否でした。
彼女の知っている近藤さんの手がかりは学校だけです。「井上純一」に似ている「近藤さん」では探しようもありません。
たずね人の調査はかなり苦労した末に彼の高校の卒業名簿を入手したのですが、卒業名簿には「近藤」という名前がないのです。
この高校に間違いないか、途中で転校した場合も卒業名簿に載らないので、その点も確認してみたのですが、沢村さんは「間違いなく卒業するまでいた」と断言するのです。
「おかしいなぁ」
スタッフと一緒に首をかしげながらも、ともかく彼の同級生たちに尋ねてみようという
ことになりました。一人目、留守。二人目、引っ越し。三人目「夜遅くにもう一度かけて
下さい」という家族の返事……。
「留守ばっかりだなぁ。誰か、自営やってそうな人はいないか?」
何げなく名簿の名前を追っていると、
「紺藤衛」
という文字に目が留まったのです。
「これだ!」
沢村さんは、彼の名前をずっと「近藤守」と思い込んでいたのです。
彼女の希望で、私は〝紺藤さん″に連絡を取りました。
「突然つかぬことをおうかがいしますが、紺藤さんが高校生のころ、バレンタインデーに小学生の女の子からチョコレートをもらったというようなことは、ご記憶ございませんでしょうか?」
十四年も前の小さな出来事など、彼は忘れているだろうな。恐る恐る聞く私に、彼は、
「ああ、ああ、そういうこと、ありましたねぇ。よく覚えていますよ」
と答えてくれたのです。
私はこれまでのいきさつと、彼女が会いたがっているということを伝えました。
返事はOKでした。
〝紺藤″との再会の日が決まってからというもの、「何を着ていくか」が安希の最大の悩みのタネになった。
「やっぱりこのワンピースにしようか」「これはちょっと派手すぎるなあ」「でもこのスーツは地味すぎるし……」
紺藤は、成長した自分を知らない。
お嬢さまっぼく見せた方がいいのか、それとも大人の女の雰囲気の方がいいのか?友人は「ありのままの安希を見てもらった方がいい」と言うが、頭に血がのぼって冷静には判断できない。
ためしにお気に入りだった赤と黒の地にラメが入ったワンピースを当の友人に見せると、「それはちょっと派手やで。それでのうても、あんたはおミズに見えるんやから」と、すぐさま却下されてしまった。
結局、紺のスーツに紺と白の千鳥格子のブラウスをコーディネートすることにしたのだが、いくら〝ありのまま″とはいえ、金髪に近い色に染めたこの髪の毛では、やはり具合が悪い。安希は美容院に行き、髪の毛も黒く染め直した。
いよいよ再会の日、安希はいつもより化粧を控えめにして出かけた。さすがに緊張していた。待ち合わせの喫茶店が近づくにつれ、足が震える。
紺藤は変わっていなかった。もう三十歳を過ぎているのに、昔のままにカッコいい。
「きれいになったね」
紺藤は安希を見てそう言ってくれた。
「あんなに小さかった子が、こんな花になるんやなぁ」
うれしかった。会ってくれるだけでも十分だったのに、ちゃんと大人になった自分を認めてくれた。
しかしひとしきり昔話に花を咲かせると、喋ることもあまりない。沈黙を破るように思い切って食事に誘うと、彼も快諾してくれた。喫茶店の席を立って、道頓掘に出る。
土曜の夕方の道頓掘は人であふれている。橋の上でたむろしている若者の群れをかき分けるようにして、宗右衛門町から御堂筋を歩いた。ぎこちない空気がふたりを包んでいた。
「話しておかなあかんことがあるねん」
あらたまったように紺藤が切り出した。
-きた!
「実は僕、もうすぐ結婚するねん」
「ああ、そうなんですか。おめでとうございます」
安希はショックを隠し、努めて平静に言葉を返す。断られるだろうということはうすうす感じていた。
将来を約束している人がいて当然だ。紺藤さんほどの人がこの歳で結婚もせず、恋人もいない方がかえっておかしい……。
「今日、君に会うこと、彼女にも言ってきたんや」
「そうですか。-だったら、今日、初めてデートして、今日で別れるんやし、今夜はふたりでばぁーっと盛り上がりましょ!」
途端に、紺藤の固さが取れたようだった。
言うべきことを言って、安希がケロッとした態度をしてくれるのに救われたのだろう。紺藤のホッとしたような、安心したような雰囲気が手に取るようにわかった。
それからは話が弾んだ。
食事のあとは、安希の行きつけのスナックで再会を祝して乾杯した。
「安希ちゃんの恋人?」
マスターのひやかすような言葉に、
「うん、今日だけね」
そう言いながら紺藤の腕を両手で取った。紺藤は笑っていた。
再会の日以来、安希は泣き通しだった。
どこへも出かけず、部屋にこもりきりで泣き明かした。まぶたがパンパンにはれ上がり、鼻はかみすぎて真っ赤になった。涙がこんなに出るものだと初めて知った。
「もうええ加減にせなあかん」
そう考えながらも、
「紺藤さんには二度と会えない」
と思うと、また涙が出てくる。
一週間目になって、耐えきれず紺藤に電話を入れた。
「先日は、どうもありがとうございました」
「いえ、いえ」
それきりふたりとも黙り込んでしまった。次の言葉が見つからない。すぐに電話したことを後悔していた。今度は安希にもはっきりわかった。
-もう絶対に電話なんかしたらあかん……。
「いい思い出をありがとうございました」
安希はもうー度礼を言って、受話器を置いた。
紺藤の中では「あんな子もいたなあ」という、いい思い出のまま生きていたい。それにはここでふっきる方がいい。一生は長い。縁があったらまた会えるはずだ。
「元気で幸せにね」
紺藤の最後の言葉がまだ耳の奥に残っていた。
沢村さんと紺藤さんが再会を果たした日から十日ほどたって、突然、彼女がわが社を訪
ねてきました。
ドアを開けて入ってきた彼女を見て、私はまたもや驚かされてしまいました。
それは最初会った時とは違った意味の驚きでした。
髪の毛はきれいな栗色に染め直され、前よりももっと短いショートボブになっていまし
た。そして明るいスカイブルーのスーツ-そう、春の霞がかった空のようなさわやかな色のスーツを着て、前よりずっと若々しく、とてもチャーミングに見えました。
彼女の顔はスーツの色そのままに、輝いていました。比喩でも何でもなく、本当に輝い
ていたのです。
彼女は、紺藤さんと再会した日のこと、その後の一週間のことを、たっぶり一時間はか
けて私に話してくれました。
「そうか、つらかったやろなぁ。でも、今の彼女は本当にきれいになったわ。長い間の思
いを、本当にふっ切れたんだなぁ」
私は心中ひそかに思っていました。
もともと明るい人でしたが、紺藤さんに再会する前の彼女は、過去にばかり目が向いて
いたように思えます。でも今の彼女は、はっきり未来を見ているようでした。すっきりと
澄んだ瞳をまっすぐに私に向け、前向きになった人間はこういう目をするんだという見本
のようないきいきとした笑顔を見せながら。
彼女の報告もひとしきり済み、立ち上がりかけようとする私に、彼女は一枚の男性の写
真を出しながら言ったのです。
「それで今日来たのは、次にこの人を探してほしいんです」
私は思わず椅子からずり落ちそうになりました。
沢村安希さんは今、その写真の彼とうまくいっているとのことです。
<終>

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