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ラッキー7で恋をした (4) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

 これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 孝は、すぐにテレビ局にその会社のことを問い合わせた。
 今からでも彼女に自分の気持ちを伝えるのだ。
 私たちが渡辺孝君に、会田優子さんの住所と電話番号を報告した直後、彼からは何度か相談の電話が入りました。彼女へのコンタクトの取り方、手紙にはどんな内容を書けばいいのかなどなど…。
  そうした電話もいつしか途絶え、8ヶ月以上もたった2月のある日、彼から一通の手紙が届きました。
「…あのむずかしい状態の中で、あなた方が私のために大変な努力をして下さったことを本当に感謝しています。手紙は昨年6月、住所を聞いた5日後に出しました。返事が8ヶ月たった今でもまだきません。(中略)返事がこないことをうすうす感づいてきた頃は、ものすごく悩んで落ち込みっぱなしの毎日でした。その気持ちからもなんとか逃れることができ、今、新しい進路に足を踏み入れることを機会に、きれいさっぱり全部忘れることに決めました。皆さんが、せっかくあそこまで道を開いて下さったのに最後まで実を結ばせることができなかったことを大変残念に思います。今、大変申し訳ない気持ちでいっぱいです。これからも数多くの依頼者に希望を与えるように頑張ってください。それでは皆さん、いつまでもお元気で。さようなら
昨年5月にお世話になった 渡辺孝」
 手紙にはそう書かれてありました。
 きれいさっぱり忘れる。
 いったんそう決心したものの、孝は5年たった今でも甲子園球場の前を通ると時々「会田優子」のことを思い出す。
返事がなければあきらめようと思っていた恋だった。
  そして彼女からの返事は、2週間たっても、1ヶ月たってもこなかった。2ヶ月目に入って孝は体調を崩した。最初は例年の軽い夏バテとタカをくくっていたのだが、盆のころになると急に体力が落ち、無理に食べた物を吐いてしまうようになる。体にまるで力が入らず、しばらく寝込んでしまう日が続いた。やる気はまるで起こらなかったが、自分を追い込むように受験勉強にのめりこもうとした。必死でもがき、集中しきれたとはとても思えなかったが、何とか大学には合格した。
「初恋の人探します社」への手紙は、自分の気持ちを整理するために書いた。
大学に入り、孝は新しい恋をした。今度はもう“奇跡のように起こる偶然”などを待ちはしなかった。新しい彼女に積極的にアタックした。結局、それも失恋に終わったが、今度は後悔はなかった。あの夏の甲子園。7回裏、阪神の攻撃から始まった恋は、とてつもなく大きな喜びと、それ以上の苦しみを孝に与えてきた。
いつしかそれも癒えるようになるのだろうか。
「いい経験だった。いつかそう思えるようになる日が来るやろう」
 孝はそっと「六甲おろし」を口ずさんでみた。それはあの日、あの試合で歌うことができなかった勝利の歌だった。
 ~終~

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