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「女王様」を探して(4)| 秘密のあっ子ちゃん(196)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

いつになくきっぱりと要求した依頼人(27歳)に、私は こう答えました。
「それでは、やはり尾行するしかないですねぇ。店が引ける時刻を見計って張り込むことにしましょう」
彼は安堵の表情を浮かべました。ここまで思い詰めているなら、私としてもとことん彼につきあうつもりでした。
「で、彼女の写真かなにかはありませんか?」
「写真?写真というのはないです」
「そうですか。顔の確認ができないと、つけにくいですねぇ。何かいい方法はないかなぁ」
私には、その「いい方法」というのは何なのかは分かっているのです。が、それを尾行班にさせるのは少し可哀想だと思ったので、思わずそうした言葉が口から出たのでした。
その方法とは、尾行班の誰かが客になって店に入り、彼女の顔を確認するというものでした。しかし、普通の飲み屋ならいざ知らず、彼女の勤める店はSMクラブで、ましてやM専科です。尾行班がムチでシバかれたり、ろうそくを垂らされたりするのは、私 の立場としてはいささか問題が残ります。
その危惧を私が言うと、彼は自信を持ってこう答えたのです。
「時間はワンコース六十分ですが、別にプレーをしなくても大丈夫です。話をするだけでもいいですから」
それならばと、私はその方策を取ることに決めました。
当社の尾行班は二十四歳から三十二歳までの若い男性で構成していますが、今日はその中から四人が出ることになりました。
店に誰が入るのかという決定は彼らに任せましたが、私は誰に決まるかはだいたい予想がついていました。後に報 告を聞くと、彼らは「多数決で決めた」と言っていたのですが、決まったのは尾行班の中では一番若い二十四歳の、新婚ほやほやのメンバーに決まりました。「多数決」とは言っても、最初から結論は出ていたようです。
そのメンバーは「嫌ですよ。嫁はんに怒られるし、また忘年会のネタにされますやん」と拒否したらしいですが、決まった限りはもう否も応もありません。渋々ながら彼女を指名して入っていきました。
ところが、部屋に入るなり、いきなり彼はロープで縛られ、「あ」も 「う」もなくムチでシバかれ、ロウソクを垂らされてしまったのです。
「痛い!痛い!」と彼が叫ぶと、彼女はこう言ったそうです。 「『痛い』じゃないで しょ。『女王様、許し て』でしょ!」
彼は口実を作って、何とかその後の「責め」は逃れたとのことでしたが、店から出てきた彼の報告を聞いて、他の尾行班は涙を流して笑ったものでした。もちろん、事務所で待機して連絡を待っていた私も、彼が可哀想と思いつつも笑ってしまいました。
とにもかくにも、こうした彼の「捨て身」の努力によって、彼女の顔を 確認することができた尾行班は、彼女を追尾して、何なく住居を突き止めることができたのでした。
しかし、そこから、またまた意外な事実が出てきたのです。
彼女は人妻でした。彼女の住居はごく一般的な新興住宅の中に建つ、かなり立派な一戸建ての家でした。築二、三年の家屋で、居住年数も そのくらいであるという近隣の話から、おそらく 女は結婚と同時に入居したも のと思われました。子供はまだいません。
その報告を聞いて、依頼人は絶句しました。
この時初めて依頼人が語ったことなのですが、彼は彼女にかなり貢いで いたようです。「貧しい中で、病気の父を抱えている」という彼女の言葉 を信じて。
彼はいつになく声を荒げてこう言いました。
「給料の半分くらいは彼女にいれあげていました。この前もお父さんの 手術代がないというので、銀行からの借り入れを申し込んだばかりなのです!」
ひとしきり恨みごとを言ったあと、帰り際に彼はいつものか弱い声に戻 って、ポツンとこう言いました。
「いい勉強になりまし た。もう二度と店へは 行きません」
彼もやっと彼女の呪縛から解き放たれたのでした。

<終>

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