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「惚れたはれた」を超えて・・・(2)| 秘密のあっ子ちゃん(183)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 二つ目の例外というのは、依頼人自身が「ひょっとしたら、彼女は俺のことを怒っているかもしれない」と、依頼時に漏らしていたケースでした。
それは依頼当時四十代後半で、衣料品関係の商売をしている男性でした。若いころはなかなかのプレイボーイで、女友達にはこと欠かなかったと言います。そうした傾向は今も変わりないようで、キタやミナミで盛んに浮名を流しているようです。
ところが、そんな依頼人でさえも、「会いたいということやないんや。昔、えらい悪いことをしたから、 謝っていたと一言伝えてくれればそれでいい。彼女は 病弱やったので、なおさらずっと気にかかっていたん や」などと、殊勝なことを言うのです。
出会いは三十年前。彼が十八才、彼女が二十才でし いた。彼はある温泉の旅館でアルバイトをしていまし た。病弱な彼女はその旅館へ長期に療養に来ていたの です。
透き通るような肌に、憂いを秘めて少しもの淋しげ な表情の彼女を、彼は初めから目をつけていました。 十八才にして既に何人もの女の子を泣かせていた彼に とって、病弱のため家に籠こりがちで世間知らずの彼女を口説くのは訳ありませんでした。夏休みが終り、 彼が大学に戻った後も二人のつきあいは続きました。
彼の学生生活も二年が過ぎ、三回生の秋を迎えよう としていました。その間、彼女はやはり家に引き籠りがちで、時たま彼が映画や食事に連れ出すことだけが 彼女の外出となりました。もっとも、それすらもすぐ に疲れて、彼女は長時間人気に触れているのは困難で した。彼女の自宅が二人のデート場所となることが多 くなっていきました。彼女の両親も二人の仲を最初か ら認めていて、彼は自由に出入りしていました。彼女 かはかなりの資産家の娘で、その豪邸に遊びに行くのは悪い気はしなかったものです。
もちろん、彼は学内にもアルバイト先にもガールフ レンドがおり、当時、同時に何人もの女性とつきあっ ていたことは彼女には秘密でした。
三回生の冬休みに入ったころ、彼女は頻繁に「結婚」という言葉を口にし始しめました。彼はその言葉を適当にあしらっていたのですが、四回生になって本格的に就職活動を始めるころになると、彼女の両親までが結婚する意志があるかどうかを問い正し始めまし た。
彼女は完全に彼と結婚できると信じていたようで
す。彼もまた、両親の手前、承諾するかのような返事をした記憶があります。それで、何となく彼が大学を卒業したらできるだけ早い時期にいい日を選んで式を挙げるという話ができあがっていきました。
ところが、四回生の冬休みに入ると、彼は突如とし て彼女の前から姿を消したのです。授業に出なくても もう卒業はできましたし、下宿にも帰りませんでした。別のガールフレンドの所へ転がりこんでいたのです。彼女が首を長くして彼を待っていることは分っていましたが、二度と彼女の家へ行きませんでした。そしてそのまま、彼女の知らない関西で就職したのでした。
その地方では有数の資産家である彼女の家を探すの は難しいものではありませんでした。彼女は婿養子を とって、二人の子供にも恵まれていました。
私が彼女に体調のことを尋ねると、「昔は大変病弱でしたが、結婚してから普通の生活ができるようになりました」と、にこやかに答えてくれました。しかし、依頼人の名を口にした途端、厳しい表情になって、「記憶にもない方ですので、ご連絡していただく必要はありません!」と、私に次の言葉を言わせないくらい強い口調で言ったのでした。
そのことを依頼人に報告すると、彼は「覚えていな いはずはない。それだけ、未だに怒っているということか・・・」とつぶやきました。それから、何故彼女が 自分のことを忘れるはずがないかをえんえんと説明し 始めたのです。それはまるで、私に説明することによ って、心の整理をしているかのように見えました。お陰で私は、三十年前、二人に何があったのかという詳しい事情を知ることになる訳ですが・・・。
私は彼の説明を聞きながら、「そういうことやったら、自業自得というか、マ、しゃあないわネ」と思いました。だけど、やはり一生懸命私に説明している彼が少しかわいそうに思えたのでした。

<終>

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