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田舎に帰った彼女 | 秘密のあっ子ちゃん(30)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
ちょうど昨年の今頃、新聞販売店を営んでいるという、三十代後半の独身男性から電話が入りました。扱っている新聞でいつもそちらの探偵社の広告を見ていて、ずっと気がかりだった人が今どうしているのか調べてほしいというものでした。
探したい人というのは、三年前彼がまだ別の店でオーナー見習いとして働いている時に、アルバイトとして来ていた同い年の女性です。
色恋がからんでいるというのではなく、「田舎に帰る」と言って退めたものの、彼女には複雑な事情があったためその後どうしたのか、この三年ずっと気になっていたのでした。少なくとも彼はそう語っていました。しかし、私は当初からやはり何らかの感情はあったはずだと踏んではいましたが。 その彼女の複雑な事情というのはこういうことでした。彼女は既に結婚していたのですが、夫運が悪いと言おうか、次から次へと女は作るし、所帯費は入れないしで、彼と知り合ったころにはとっくに離婚を考えていました。彼女の実家が商売をしている上に資産もあったので、生活が困るということはなかったようです。しかし、親切にしてくれた男性と妙な噂が立ち、田舎のこと故居ずらくなって、こちらに出てきていたのでした。しかも、彼女は体があまり丈夫ではありませんでした。
依頼人(37才)がオーナー見習いとして勤めていた新聞販売店に、彼女がアルバイトとして働いていたのはほんの僅かな期間でした。
「いろいろあって、田舎では居ずらくて…。それに、実家も少しほとぼりが冷めるまで戻って来るなと言うし…」
そう言いながらも、彼女は三ケ月も経たないうちに離婚の手続きをしてくると言って、田舎へ帰っていきました。
その直後、彼の方も現在経営している店の話が持ち上がり、慌ただしく新しい店へと移っていきました。 彼が彼女と知り合っていた期間は三ケ月と短いものでしたが、その間、彼は彼女から様々なことを聞いていました。主人の女癖の悪いことやぐうたらぶり、実家の商売のことや格式があるばかりに親族が世間体を気にすること、田舎のことや立てられた噂のことなど、時には愚痴を聞いてやり、時には相談に乗ってやりという風に…。
新しい店へ移ってからも彼は時折、「彼女はどうしただろうか」と思い出されました。
彼女(37才)の消息を知ろうと、彼(37才)は何回となく以前勤務していた新聞販売店へ連絡を入れてみました。しかし、彼女は誰にも連絡を取らなかったようです。彼女の“その後”は全く分らなかったのでした。
彼は心のどこかで気になりつつも、諦め始めていました。連絡がないのは万事うまくいったことなのだろうと思うように努めていました。
ところがある日、新聞を整理していると、一つの広告が目に飛び込んできたのです。
「過去の忘れもの、いつとりにいきますか?」
それは当社の広告でした。 一瞬、ドキッとしました。それでも彼はすぐには依頼しませんでした。「向こうから何の連絡もないのに、わざわざこちらから連絡を取って、却って迷惑になってもなぁ」とか、「たかが三ケ月の知り合いで、何も金をかけて探すこともないだろう。必要なら向こうから連絡があるだろう。こちらの居所は前の店で聞けばすぐ分るのだから」とかと自分自身に言い訳して、二、三ケ月逡巡していました。 ところが、気になる気持ちを消し去ることはできませんでした。彼は重い腰を上げたのでした。
人探しの調査の結果、彼女(37才)の実家はすぐに判明してきました。 しかし、実家でもその周辺でも、いざ彼女の現在の居所となると、どうも要領を得ません。皆、奥歯にものが挟まった言い方をして、結局、彼女が今どこに住んでいるのかは明らかにしないのです。
やっとの思いで、彼女が寝起きしているという、実家が所有する借家の住所が明らかになってきました。そして、二年前離婚が成立したことも判ってきました。 私達が早速、依頼人(37才)に報告したのは言うまでもありません。
ところが、彼はまたもや逡巡していました。
「僕なんか突然会いに行けばびっくりするだろうな」 当社にも二度程、相談の電話が入ってきていました。 ひと月後、ついに彼は決意を固めて報告書に書かれてある住所に向いました。大阪から車で五時間の行程です。
ところが、辿り着いた目当ての借家には人影がありませんでした。彼が近所の人に聞くと、「いつまでも実家の世話になっていると、とやかく言われる」との理由で、一週間前にその借家を出て、近くのアパートを借りて住み始めたのだということでした。
彼(37才)は、彼女が新しく越していったアパートがどこなのかを調べてほしいと、再び依頼してきました。
それは、今までの逡巡がどこへ行ったのかと思える程の強い意気込みでした。彼にも分っていたのでしょう。あれこれ迷っていないで、報告があってすぐに連絡を取っていれば余計な手間がかからなかったことを。 アパートの所在が判明すると、彼は今度はすぐに出かけていきました。
「お陰様で連絡が取れました。有難とうございます」 そんな電話が入ったのは、二度目の報告をしてから三日後でした。
電話はすぐに切れましたし、もともと彼は私達に自分の感情については一言も語りませんでしたので、私もそれ以上突っ込んで聞くのは控えました。「そうですか。それはよろしゅうございましたネ」とだけ答えたのでした。
しかし、彼は自らの想い一決して口には出さなかったけれど、嫌でも分ってしまう彼女への想いを伝えることができたのだろうかと、私は今ごろになって気になっています。
<終>

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