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妻子を残し長男が家出(2)| 秘密のあっ子ちゃん(189)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

彼女のお母さんは依頼人(57才)の名を聞くと、如何にも迷惑そうにこう言いました。
「ウチの娘はあなたの息子さんと何の関わりもありません。娘? 今、出かけてます。息子さんの居所なんて、ウチの娘は知りませんよ。ですから、会ったところで何もお話しすることなんかありません。もうお引き取り下さい!」
依頼人はこの母は何か知っていると感じました。しかし、こう切り口上でつっけんどんに言われると、どう食い下っていいか分りませんでした。
それでも、彼女の家へは二、三度足を 運びました。
その度に、彼女の母の対応は相変わらず で、彼女自身に会うことは叶いませんでした。「何か隠されている」。そう感じつつも、彼は止むなく引き下るより手はあり ませんでした。
彼には微かに期待をかけているものがありました。それは息子が子煩悩だということです。もうすぐ初孫の誕生日が来ます。息子の性格から考えて、息子がそれを知らん顔しているはずがありません。しかも、嫁はもうすぐ臨月を迎えます。
ですから、近々、必ず連絡を寄こしてくるような気がしてならなかったのです。

息子が家出してから三ヶ月が経ちまし た。この間、息子からの連絡は全くありませんでした。本人が子煩悩であることから、期待していた初孫の誕生日にも嫁が長女を産んだ時にも・・・。
一度だけ、無言電話がありました。直観的に息子だと感じた妻が、「早く帰ってきなさい」と言うと、その電話はすぐに切れたのでした。
金もろくに持っているはずもなく、着のみ着のままで出ていった息子がどうしているのか、依頼人はとても心配でした。
それに、出産したばかりの嫁には申し訳なく、二人の孫のあどけな い顔を見ると 不憫でしかたありませんでした。
依頼人が当社を訪ねてきたのは、もう自分ではなす術もなく、八方塞がりになってしまっていた時でした。
話を聞いていると、私達も「彼女」と言われている女性の母親がクサイと睨みました。
私達は依頼人の話した他の手がかりを調査すると同時に、彼女の母親をもう一度つつくことに決めました。
こうした場合、訪ねていくスタッフは年配の男性調査員に限ります。若すぎてもダメですし、女性より男性の方が適任なのです。
彼女の家が母一人娘一人であるということは、おそらく母親も働いているはずです。帰宅を待っていると何時間張り込まなければならないか分らないため、当社の年配の男性調査員は早朝に彼女の家へ出かけ ていきました。
家の近くに着くと、時刻は午前八時過ぎでした。ドアをノックすると、母親は今まさに出かけようとしていました。
スタッフは興信所の者であると名乗り、家出した依頼人の息子を探しているのだと告げました。そして、娘さんに会わせてほしいと言ったのです。
「ウチの娘は何も知りませんから、興信所の方なんかには用事はありません!それに、私は仕事に出かけるところですから、お宅と話している時間なんかありませ
ん」
母親は案の上迷惑顔でそう言い、調査員を振り切って出かけようとしました。
こんなことで、当社のスタッフは引き下りません。こう言いました。
「奥さん、ウチはお宅の娘さんが何もかも知っていると踏んでいるんです。何も知らないならそれで結構ですが、一度娘さんと話させていただかないと、心象が『黒』のままでは、却ってご迷惑がかかると思いますが・・・」

<続>

妻子を残し長男が家出(1)| 秘密のあっ子ちゃん(188)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

皆様、明けましておめでとうございます。平成8年のお正月は如何でしたでしょうか? 昨年の一年間は本当にいろいろな出来事が起こ り、戦争を知らない世代の私達などは、生まれて初めてと言っていい程の激動の年になってしまい ました。それだけになおさら、本年は穏やかな年であることを祈らずには いられません。
しかし、二十一世紀まであと四年。好むと好まざるにかかわらず、ドラステイックな変革が進んでいま す。特に価値観においては、これまでの「常識」が 通用しなくなる程の変革が進むと言われています。
けれど、そんな中でも人々の生活は営々と営まれていきます。喜びや哀しみ、そして人を想う気持ちは変わることはないでしょう。
今回は、昨年暮れにひと安心され、穏やかなお正月を迎えることのできた、あるご家族のお話をしましょう。
今年三十才になる長男が妻と子を残して家出したのは、昨年の梅雨の頃。
両親が懸命に行方を探していく過程で、これまで親でさえ知らなかった 彼の人生が浮かび上がってきました。
彼は多額の借金があって、人に追われている上に、愛人と共に姿をくらませたのです。

彼は幼少のころから律義な性格で、人の面倒見も良い、優しい人物でした。
二年前、学業を終えて六年程勤めた会社で、彼の同僚が大きなミスをしてしまいました。事の成り行きで、彼はその同僚をかばう形となり、二人揃って退職するはめになってしまったのです。
その後、彼は別の会社に一時転職したのですが、共に退めたその同僚に誘われてマリンスポーツ専門の店を共同で始めました。出資金はもちろん折半で、彼は自分の貯金だけでは足りないと言うので、その一部を彼の父親が援助しました。
今回の依頼人となる彼の父は、それで順調に店を経営し、生活にも支障なく送っているものと安心していたので す。
それが、昨年六月の突然の家出です。驚きました。
幼い子を抱えている上に身重の嫁に申し訳が立たず、父親は必死で探し始めました。
まず、友人関係や商売の関係の人に心当たりがないかを聞いてみたのです。すると、考えてもいなかった事実がボロボロと出てきたのでした。
そこで初めて耳にしたことは、父にとっては驚愕するものでした。
「商売?うーん。あんまりうまくいってなかったんと違うかな?なにしろ、共同経営者の方が金使いは荒いわ、取引先に不義理はするわ で、評判は良くなかったからネェ・・・」
「なんでも、相棒の借金の保証人になってあげてたみたいよ。サ
ラ金の方も、ぎょうさんあんのと違うかな?人が好すぎるんやねえ…」
「女がおったみたいでっせ。前の会社にいた娘ですわ。その娘と一緒なんと違うかな?」
依頼人はすぐさま、息子が以前勤務していた会社の元同僚、つまり自分も出資してやったマリンショップの共同経営者を探しました。すると、彼は息子が家出する二ヶ月も前に行方不明となっていたのでした。
次に、「愛人」と言われた女性の家を訪ねてみました。彼女の家庭は既に父が死亡し、母一人娘一人でし た。応対に出てくれたの は、彼女のお母さんでした。

<続>

巫女さんに一目ぼれ(2)| 秘密のあっ子ちゃん(187)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

「今のお話では、調査と言っても、神社の関係者に 聞き込むしか手はありませんヨ」ちょっと戸惑いなが らそう言う私に、依頼人 (32才)はすかさずこう答えたのでした。
「それしか方法がないのは分っています。どうして も自分では聞きに行けないので、代わりに聞き込んでほしいのです。それでダメだったら諦めもつきます」  彼は仕事で出向いた神社の巫女さんを見染めたのでした。
私としても、本人がそこまで納得ずくの話なら断 る理由もありません。早速、神社に向ったのでした。
これこれと尋ねる私に応対に出てくれた一人の巫女 さんが結婚式場の主任さんに引き合わせてくれまし た。もの腰が柔く、丁寧な口ぶりの男性でした。
「ああ、あの日はとても忙しい日でした。ウチでは 式場の受付は全て神社の巫女さんが立たれることにな っております。私共スタッフは常にサロンの方でお客 様をお待ちしておりまして、受付にはあまり行かないのです。ですから、受付のことは把握しておりませんので、ちょっと分りかねますねぇ。せっかくお越しいただいたのに申し訳ありません」
彼はそう言いました。そこで話を切られてしまって は聞き込みもなにもあったものではありません。
「どなたか受付のことをご存知の方はいらっしゃい ませんでしょうか?」
私は押します。
「さあ、受付のことは誰が管理しているのか・・・」そう言いかけた彼はじっと見つめる私に気づくと、「じゃあ、ちょっと、宮司さんに聞いてみましょう」と言って、奥に入っていきました。私は内心「やった」と思いながら、彼を待っていました。
しばらくして、彼は明らかに宮司さんと分る白い着 物に水色の袴を着けた初老男性を連れて戻ってきまし た。温厚そうな顔立ちの中に、全てを見抜くような眼 光を持った、いかにも”人格者”といった人でした。
「すみません。お忙しいところを・・・」私はそんな宮司さんの前で、いつになく少し緊張していました。依頼人が自分では聞きに行けないと言った理由が分るような気がしました。
ところが、答える宮司さんの口調はとても優しいも のでした。
「あの日は行事がありまして大変忙しく、たくさん のアルバイトの方に手伝っていただいておりましたね ぇ。その時受付に立ってもらっていた巫女が、アルバ イトの方か神社の者か今からではちょっと分りませ ん。担当が決っている訳ではなく、随時手の空いた人 が受付に立ってもらうようにしておりましたので・・・。
神社側の巫女でしたら、当日受付に立ったかどうか聞けば分るかもしれませんが、アルバイトとなるとちょっと分らないと思いますねぇ」
「その日来られていたアルバイトの方の、お名前だ けでも分りませんでしょう か?」
「それが、アルバイトの人はそれぞれ氏子さんの口 コミで来てもらっていますので、その日どなたに来て いただいていたのか、私ですら分らないのですよ」
こうなると、彼が見染めた巫女さんがアルバイトで ないことを祈るのみです。

とりあえず、私は宮司さんの許しを得て神社専属の巫女さんに、当日受付に立ったかどうかを一人一人に確認することにしました。
確認には例の式場の主任さんが案内してくれました。私は「今日が忙しくない日で良かった」と 思ったものです。忙しければ、そこまで確認に回らせてはくれなかったでしょう。
結果、受付に立った正規の巫女さんは三人いました。
ところが、そのうちの一人がこう言ったのです。
「あの日、受付に立ったアルバイトの人は五人や六人ではなかったと思いますよ」
こうなると、彼が見染めた巫女さんがアルバイトでないことを祈るのみです。
数日して、私は「ドキドキする」と躇う依頼人を叱咤激励しながら、再び神社を訪れました。
「当日受付に立った正社員の巫女さんはあの人とあの人と・・・」と説明しながら、彼と共に境内を 歩き回りました。
私が三人目の巫女さんを指さした時、彼の顔が見る間に真っ赤になったのです。
それで全てが分った私は、「あとは自分で言わないと男じゃない!」と、彼の身体を、筆で何かを書きつけているその巫女さんの方へ押しやったのでした。

<終>