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連絡先も聞かずに | 秘密のあっ子ちゃん(2)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
ある日、当社に一枚の写真が送られてきました。その写真には、高校の制服らしいブレザー姿の若い女性五人とジーズにTシャツといういでたちの二十才台の男性四人が写っていました。 写真を送ってきたのは、東京在住の二十二才の男性でした。当然、彼はその写真に写っている九名の中の一人です。
彼はバンドを組んでいます。いつも、貸スタジオで仲間三人と共に練習を積んでいたのです。
三ケ月前の夕方、彼らは例のごとく、その貸スタジオで練習をしていました。 二時間もぶっとおしで演奏していたので、ここらで少し休憩しようということになりました。その時ふと見ると、向いの部屋では女子高校生五人がバトンの練習をしていたのです。
そうです。賢明な皆様は既にお分りのように、写真に写っている女子高校生五名とは彼女達なのです。
彼はその時には、彼女達に声をかけはしませんでしたが、練習が済んで帰ろうとエレベーターに乗り込むと、彼女達も練習を終えて、そのエレベーターに乗り込んできました。
彼らは、そこで始めて言葉を交わしたのでした。
依頼人(22才)達四人が組むバンドが練習場としている貸スタジオの向いの部屋で、バトンの練習をしていた女子高校生達。
練習の終了が、偶然にも同じ時刻になり、九人はエレベーターに乗り合わせました。 『何の練習をしていたの?』依頼人の友人の一人が彼女達に声をかけます。
『文化祭のバトンの練習。バンドをやっておられるんですねえ』と彼女達。
そんな風に会話が始まって、エレベーターが一階に着いても九人の会話は弾んでいました。かれこれ、三十分は話していたと言います。
当社に送られてきた写真は、その時貸スタジオの前で写したものだったのです。 彼は、その女子高生の一人と連絡を取りたいと言ってきました。その時はそれほど気に止めなかったらしいのですが、写真の現像ができてきたころには、もう一度会いたくてしかたなくなってきたのでした。
けれど、彼は彼女の連絡先はおろか、名前すら聞いていません。
『せめて、高校の名前くらい分りませんか?』私は尋ねました。
しかし、彼はそれも知りませんでした。
貸スタジオで偶然知り合った女子高校生五人と意気投合し、写真まで撮り合った依頼人(22才)達ですが、彼らは彼女達の名前も連絡先も聞かずに別れたのでした。
『写真を撮ってあげたのでしたら、“送ってあげるから”と連絡先の話題にはならなかったのですか』私は尋ねました。
『それが、どういう訳か彼女達もカメラを持っていて、同じように撮っていたので、“送る”というような話にはならなかったんです』と依頼人。
『せめて、高校の名前くらいは聞かれなかったのですか』
『ええ、そういう話は全く…』
名前も連絡先も分らず、ましてや高校名すらも分らない。手がかりは彼女達が着ている制服だけでした。 私は、大阪や奈良など関西なら一目でどこの高校の制服かは分るのですが(私は奈良県下の高校の出身ですので)、東京となると皆目検討がつきません。
私達はその貸スタジオの近辺の高校に出向いて、制服を見て回ることからたずね人の調査を始めていったのでした。
ところが、その区内ではそれらしき制服がでてきません。範囲を拡大しなければならず、またまた大変な作業となってきたのでした。
氏名も分らず、高校名も分らず、唯一の手がかりである制服だけを頼りに調査を始めた私達ですが、二人が出会った貸スタジオと同区内には、それらしき制服の高校は存在しませんでした。
そのために、地域を拡大して各高校の制服を見回る作業が何日も続いたのでした。なにしろ、東京都内全域のこと、それは大変な労力になります。
何とか近道はないものかと、教育委員会に尋ねたり、高校生の子供を持っている東京在住の知人に尋ねたりしたのですが、その返答は『こんな制服は見たことがない』だったのです。
私には、どうも最近制服が変わった高校のように思えました。
そこで私達は、この五年間程の間に制服を変えた高校をピックアップすることにし、調査方法を電話での聞き込みに変更しました。軒並みの聞き込みが功を奏して、東京都内でここ数年の間に制服を変えた学校名が数校あがってきました。 『それ!』とばかりに、私達は制服を見に走ったのです。
すると幸運なことに、一校目の学校の最寄り駅に着くや否や、いるわ、いるわ、その制服の女子高校生達が歩いているのです。ちなみに、その高校は貸スタジオからはかなり離れた地域に所在していました。
私達はすぐさま例の写真を取り出し、下校中の高校生に対して無作為に尋ね始めました。
『この写真に写っている子、何年何組か知りませんか?』
一人目。『さあ、ちょっと知りませんけど』
二人目。 『この人だったら、三年生の人じゃないかな。クラスは知りませんけど』
私達は次に三年生と覚しき人達に尋ね回ります。
『ああ、見たことあります。何組だったかな?』
そして、ついにある女子生徒の答えが返ってきたのでした。
『ウチのクラスの子ですよ。まだ教室にいるんじゃないかな。希望者だけの補講を受けると言ってたから』
私はすぐさま頼み込みました。『帰る途中なのに申し訳ないけれど、教室まで連れていってもらえません?できたら彼女を呼び出してもらいたいんですけど』 『ええ、いいですよ』彼女は快く引き受けてくれました。
依頼人(22才)のお目あての彼女は、そのクラスメートの女子高校生に呼び出されて、怪訝な顔をしながら廊下に出てきました。
『無しつけですみませんが、この写真に見覚えないですか?』私はそう切り出しました。
『いやぁー。覚えてます!』
『実は、この彼がどうしてもあなたに連絡を取りたいと言っているんですが、構いませんか?』
『ええ。それはもう』と彼女は、自分の住所と電話番号を書いてくれました。 こんな風にして、私達はやっとの思いで彼女を見つけ、依頼人に無事報告も済ませ、肩の荷をおろすことができたのでした。
依頼人(22才)に彼女の住所と電話番号を報告して二ケ月が経ち、彼から年賀状が届きました。私は彼のことを思い出し、電話を入れたのでした。
『彼女とは会えましたか』
『ええ、一度だけ会いました。だけど、その時交際を申し込んだですが、“大学受験があるから”と言われてしまいました』
『そう。じゃあ、受験が終わったら、もう一度連絡されてはいかがですか?』 『ええ、そうしようと思っています』
それから五年。彼からまた年賀状が届いて、私は再び彼のことを思い出しました。
彼の家へ電話を入れた私に、彼の母は言いました。 『結婚して、別の所に住んでいるんですよ。電話番号は…』
私が教えられた番号に電話を入れると、奥さんらしき女性が出てきました。
『今日は仕事で遅くなるんです』
その後、私は仕事の忙しさにかまけて、結局、彼に電話を入れずじまいになってしまっています。
電話口に出てきた女性が例の彼女だったのか、全く別の女性なのか、私はまだ知らないでいます。
<終>

Comments

  1. 防大58期 より:

    今年、息子がそつぎょうし、あの有名な帽子なげみてきました、奈良の幹部候補生学校にいつております。中学を卒業して41年、同窓会がありいけなかつたんですが、盆に2度目の同窓会を開くと、会いたい人がいるのですが、恩師から名前と住所を聞き手紙出したんですが帰つて来ました。父おやが大阪府警の刑事でした。みんなもあいたがつております、今予算がなく出きればお願いしょうかなと思つております。

  2. 佐藤あつ子 より:

     息子さん、ご卒業、おめでとうございます。奈良の
    幹部候補生学校といえば、空自ですね。幹部候補生学校を
    卒業されれば、どんどん活躍されていかれるでしょうから、
    これからが楽しみですね。
     同級生について、現在の状況について了解いたしました。
    調査がご必要の折には、またいつでもお気軽にご連絡ください。

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