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悲しい知らせが届きました | 秘密のあっ子ちゃん(29)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 昨日、とても悲しい知らせが届きました。
 「前略 先日は妻の件で大変お世話になりました。お礼申し上げます。
 去る7月7日、妻は他界いたしました。
 貴社様に調査をお願いいたしました方とは無事連絡がつき、励ましのお手紙をいただきましたが、妻の生前にはお会いすることができませんでした。しかし、葬儀には遠方よりお越しいただき、妻の仏前で合掌してくださいました。妻も満足であったに違いございません…」
手紙にはそう書かれてありました。
 差し出し人は四十八才、東京在住の男性です。調査途中に一度だけ訪ねて来られました。誠実で優しそうな印象を与える人でした。 彼に調査結果を報告したのは今年の桜の頃です。全ての事情が分っていた私やスタッフは、その後彼から音信がなかったので、奥さんの容態を気にしていました。ですから、予想できたこととはいえ、手紙を読んだ時には私は言葉を失ってしまいました。
 彼の奥さんは享年四十四才。あまりにも早い死でした。
 明日は彼女の初盆。せめてお線香でもと、私はお供えを送りました。
 彼が手紙で問い合わせてきたのは、二月の終わりのことでした。私は被災地での調査に走り回っている頃です。
 「私は現在東京都に在住している者です。先日のテレビの放映番組で貴社様の存在を知り、一度お手紙でお伺いして、場合によればお願いしようとも考えている者です」
 ワープロで打たれた手紙はそんな書き出しで始まり、手がかりとなる項目だけが列挙してあるものでした。そして、「返信用封筒を同封いたしますので、調査が可能かどうかご連絡下さい」とあったのです。
 もちろん、何故探したいのかという理由は書かれていませんでしたので、その時点ではどんな理由で、どういう人が探したいのかなど、私には全く分りませんでした。なおかつ、依頼人の年令すらも分らなかったその時点では、連絡が取れなくなった恋人の所在を確認したい青年であろうとぐらいしか考えていませんでした。 とにもかくにも、その手紙を一見して、調査は可能だったのでその旨を連絡したのでした。
 三週間程して 正式に調査を依頼したいと、再び届いた彼の手紙を見て、私は胸が詰まる思いでした。
 「私が探したいという人は妻の初恋の人です。
 妻は現在四十四才で、病気療養中です。より正確に申しますと、末期の肝臓癌で、既に癌のひどい痛みのための連日うなされている状態が続いています。
 痛みが強い時は過去の出来事が思い出されるようで、最近は特に初恋の人のことをよく申します。その人のことを話している間だけは気力が出るのか、痛みも少し和らぐようです。近ごろでは、妻を励ますつもりで、私の方からもその人のことを話しかけるようにしております。
 全身を襲う癌の苦痛に耐えている妻の姿を見るに忍び難く、今の妻の心の支えであるその人に、せめて生きている間に合わせてやりたいと思うのです。
 そんな訳で、調査はできるだけ早くお願いしたいのです。妻にはもうあまり時間がありません。
 ただ心配なことは、その人は当年七十才のご高齢で、ご健在かどうかということです…」
 私達がすぐさま動き出したのは言うまでもありません。
 依頼人の奥さんが十九才のころに憧れたのは、四十六才の妻子ある上司でした。幼い頃に父を亡くした彼女にはファザー・コンプレックスがあったのかもしれません。
 妻子ある上司に憧がれたと言っても、今流の不倫に発展した訳ではありません。ただ、彼女の心の中にだけある想いでした。その人柄をただただ慕っていたのでした。
 しかし、そんな彼女の秘かな想いも二年が経つ頃には断たれてしまうことになりました。その人が転勤となったのです。
 自分の想いを誰にも打ち明けたことのない彼女にとって、いくら会いたいといえども会いに行けるものではありませんでした。そのうち、あたかも忘れ去ってしまった出来事かのように、彼女の初恋は胸の奥底にしまわれていきました。
 それが、癌というひどい痛みと闘わなければならない状態の中で、鮮明に蘇えってきたのです。
 その人の調査は難行しました。当然と言うべきか、既に依頼人自身も色々調べていました。しかし、その所在は杳として分らなかったのです。もう、一刻の猶予もありません。引き受けた責任上、いえその理由だけではなく、私は何としても彼女が元気なうちに所在を知らせてあげたいと思っていました。時間との勝負でした。
 依頼人の奥さん(44才)の初恋の人の所在がやっと判明してきたのは、桜の花の頃でした。
 早速報告した私に、彼は「どういう風に言えば一番いいでしょうか?先方に迷惑をかけるのも申し訳ないですし…」と悩んでいました。
 「ありのままをお話すればいいのではありませんか?ご本人に直接連絡をつけることができれば、ご迷惑になるということはないと思いますが」私はそう答えました。  
 「そうでしょうか?一度、妻の兄とも相談してみます」そう言って切られた電話から、何ケ月も彼から連絡がなかったのです。
 「どうしはってんやろ?」スタッフ達と気にしていた矢先に届いた悲報でした。 その手紙の封筒の裏に書かれた彼の名前をじっと見つめていると、彼は今どんなことを考えているのだろうかと思わずにはいられません。
 七夕の日に逝ってしまった妻。妻が癌の痛みにうなされながら口にしていた名の人には、結局生前会わせることができなかったけれども、それでも遠方から葬儀に駆けつけてくれた…。 彼は奥さんの初盆をどんな気持ちで一人迎えたのだろうかと考えていると、無性に切ない気持ちに捕らわれたのです。
<終>

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