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奥さんの家出の理由は・・・(1) | 秘密のあっ子ちゃん(69)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

ある夜、私が残業のために事務所にいると、一本の電話が入ってきました。それは中年の男性の声で、かなり切羽詰まったものでした。
「そちらの探偵さんは家出なんかも探してくれはるんか?」 「はい、ご家族のご依頼の場合はお探しさせていただいておりますが」私が答えます。「娘さんか、息子さんが家出されたのですか?」
「いや、子供ではなくって、家内なんです」
男性はそう言いました。 「奥さんですか?そうなると、もう少し詳しくご事情をお聞かせさせていただきたいのですが」
私は彼の妻が家出したいきさつについて話すように促しました。というのも、子供達の家出ならいざ知らず、夫婦間のトラブルによる家出はよくよくその事情を聞かないと、探すことが却って不幸な結果を招くことになるからです。例えば、夫から暴力を受け、生活費も入れてもらえない妻がさんざん悩んだ揚句、やっとの思いで家を出た場合、これを探し出すというのは私の本意ではないからです。そういったケースに対して、私はスタッフにも常々お断りするように指示していました。
「家内といっても、離婚届は半年程前に出しているんですが、子供のことが心配で…」
彼は言いました。
「お子さんはおいくつですか?」
「あいつが連れていったのは下の子二人で、小学校一年と幼稚園なんです」
「下の子と言いますと、上には何人いらっしゃるのですか?」
「ちょっと年が離れているんですが、上の子は三人です。今、二十一才と二十才、それに高校三年生です」 「そうですか。で、上のお子さん達と奥さんは血が繋がっているんですか?」私はひょっとしてと思い、そう尋ねました。
「もちろん、実の子です」 彼はきっぱりとそう言いました。
「それじゃあ、上のお子さん達に何か連絡を入れておられませんか?残して出たことについては、おそらく気にかけておられるはずですから」私は再び尋ねました。
しかし、彼の答えはそんな母親がいるのかと思えるような返答だったのです。
「家内は上の子三人には愛情がないんです。ですから、子供達を置いて家を出たところで、連絡なんか入れてきません」
「実の子なのにですか?」私は即座に納得ができず、そう尋ねました。
「なんと言っていいのか、もう金のことばっかりで、子供に対して普通母親がしてやるようなことは全くしてやらないのです。誕生日も祝ってやったこともないし、運動会にも行ってやったことがありません。上の息子達は『あんなヤツ、母親でもなんでもない』と、私以上に怒ってます」
「そうですか。だけど、そんなにお金のことばかりで、愛情の薄い人が何故、下の二人を連れて出たんですか?」
「上の三人はもう大きくなって物事が分ってきてますから、家内にはつきませんが、下二人は何と言ってもまだ小学校一年生と幼稚園ですから…。離婚話が出た時、上三人は『さっさと別れろ』と私に言っていましたが、下二人に『お父さんとこへ来るか?』と聞きましたら、『分れへん』と言ってました。下二人をどうするか、話がつかない間に連れて出てしもたんですわ」彼はそんな風に説明しました。
すったもんだのもめ事の後、半年前に離婚届を出したということでした。所有していた自宅は両人立ち会いの下で売却し、その金は五人の子供達名儀の預金にそれぞれ振り込み、彼は別に近くで新しい家を購入しました。
離婚届を出した後も下の子供二人の学校や幼稚園があるため、彼らは一緒に暮らしていました。その時も彼は子供達を手離す気持ちはさらさらありませんでした。離婚届を出しても、子供達の親権は、当然自分にしていました。
ところが、三学期の終業式も済み、末っ子の卒園式も済んだ頃、妻が「家を探しに行ってくる」と出かけたまま戻らなくなったのです。下の二人の子供達を連れたままでです。前々からの話合いで、仮に家を出ていっても連絡だけは入れるという約束だったにも関わらず、連絡は全く入りませんでした。
「私に下の子を会わさないためですわ。会わせていれば、上の三人同様、自分にはなつかないのが分っているからだと思います」
彼はそう言いました。
しかも、彼女は自分が家を出るに当っては、かなり計画的に用意周到な準備をして出ていったのでした。
依頼人はどちらかと言うと大雑把な性格で、家に何が置いてあるかとか、妻や子供達の身の回りの品にどんなものがあるかなどということをほとんど把握していませんでした。 従って、妻が下の二人の子供達を連れて出ていっても、何を持ち出したのか皆目分かりませんでした。長男と次男が「あれもない、これもない」と言っているのを聞いて、かなり以前より用意周到に準備し、徐々に持ち出していたことが分かった程です。しかも、所有していた借家やアパートの名義が1年以上も前に妻名義に書き替えられていることを、管理を任せていた不動産業者の担当者から聞くに及んで、探し出すには並大抵の事ではないと感じたと言います。
「借家の件以外にも、私名義で銀行からかなりの金を借りていることも分かりました。金のことはもういいんですけど、子供をどうしても取り戻したいんです」 彼は建築関係の仕事をしていて、商売は順調にいっているらしく、「やせがまん」や「ええカッコ」で「金のことはいい」と言っているのではなく、本当にそう思っているようでした。 この辺まで話を聞いているうちに最初の危惧も消え、私は彼の依頼を受けようと思いました。
妻と下二人の子供達を探すのに、依頼人自身ができることとして、まず自分の住民票を取るようにと、私はアドバイスしました。
三日後、再び彼から電話が入りました。
「住民票を見ましたが、籍は動かしてませんでした」 「そうですか。小、中学生がいる場合は、転校手続きのために普通新しい住所が必要なんですけどれどネェ…」私は答えました。
「実は、そちらに電話する前に小学校へ行って、先生に会ってるんです。今は春休みです。けど、転校手続きをしているのは間違いないんです。けど、先生の返事は『学校の方では分かりません』でした」
「転校手続きをしているなら、学校側が知らない訳がありません。ちょっと変ですネェ。マ、それはいいでしょう。とにかく、早速に調査を開始します」
今、私と依頼人があれこれ想像した所でラチがあきません。不審な点については調査の過程でその事情が明らかになってくるだろうと、私は考えたのでした。 スタッフは、依頼人から聞いた手掛かりの中から考えられる全てに対して、一斉に聞き込みに入りました。 スタッフがまず聞き込みに入ったのは、離婚届を出す直前まで家族が住んでいた近隣に対してでした。彼の妻は、離婚後の新本籍をこの住所に定めていたのです。
しかし、結果はこれといった情報を得ることはできませんでした。「あの人とは近所づきあいと言っても挨拶をする程度でしたので、家を売られて引っ越しされてからのことは全く知りません」そういう返答ばかりだったのです。ただ、「近くのコンビニへパートに行っておられたので、そこに聞きにいかれたら何か分かるかもしれませんよ」という話が出ました。
しかし、これとても既に私たちが依頼人から聞いていることでした。 スタッフはその足でコンビニに向かいました。
「ああ、あの人なら3月初めで辞められましたよ。その後、給料を受け取りに1、2回来られたけど、それからは全く姿を出されてませんネェ」
同僚の話はこんな風でした。スタッフが「収穫なし」と諦めて帰りかけた頃、「そう、そう、この前、転勤になった責任者と仲が良かったから、その人に聞いて見たら?」と、その人が教えてくれたのでした。
スタッフは依頼人の妻が勤めていたコンビニの前責任者に会いに行きました。
「勤められておられた時はいろいろ相談に乗ったりしていましたので、親しいと言えば親しかったですがネェ…。今の居所?その辺のことはちょっと…」
その言い方は「その辺のことはちょっと知らない」というより、「その辺のことはちょっと言えない」というニュアンスに受け取れました。彼は何らかのことを聞いていると察したスタッフは、「何か知っていることがあれば教えてほしい」と粘りました。押し問答の末、ついに彼は口を開きました。
「東京の方へ避難していると聞いていますけど…」 「避難?避難といいますと、どういうことなんでしょうか?」
昨年の春の事とはいえ、依頼人や妻は震災の被害は受けていません。「避難」という言葉に不審を抱いたスタッフは尋ねました。
「何でも、ご主人が大層暴力を振るうらしくて、子供のために長年がまんしていたけど、もう殺されかねないとかで…」
思ってもいなかった答えでした。

<続>

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