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奥さんの家出の理由は・・・(2) | 秘密のあっ子ちゃん(70)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

「ご主人が暴力を振るう?」スタッフにとっても初耳でした。
「で、今は東京のどの辺に…“避難”されているんでしょうか?」
「いや、そこまでは勘弁して下さい。もう、仕事に戻らないといけませんので…」彼はそう言うと、スタスタと店の内部へ入っていきました。
スタッフは次に小学校へ出向きました。学校の先生は「転校手続きをしたかどうかは分からない」と依頼人(50才)に答えていたのです。自分の担任の児童が転校手続きをとったかどうか分からないという話も不審が残ります。
当初、先生の応対は依頼人に答えたのと同様、「分からない」の一点ばりでした。「そんなおかしな話はない」とスタッフが突っ込むと、先生は根負けしたように言いました。
「実は、ご主人が子供達を虐待するらしいんです。もちろん、奥さんにも暴力を振るうらしくて、その話は半年程前から聞いていました。もうこれ以上はがまんできないということで、新学期を目度に転校手続きをしています。奥さんから、誰が聞きにきても転校先は伏せておいてくれと頼まれているんです」
またしても、こんな話が出てきたのです。
「転校手続きは既に済んでいるということですが、普通、転校するには移転先の住民票がいるはずなんですが…?」スタッフが尋ねます。
「ええ、普通はそうなんですが、引っ越し予定ということで手続きを行っているはずです」
「で、どの辺に引っ越されたのですか?」
「それはやはり申し上げる訳にはまいりません。お宅がおっしゃるように、ご主人が暴力を振るなどということがないにしても、プライバシーの保護の問題もありますし、奥さんとの約束は約束ですから」
先生からはそれ以上聞き出すのは無理なようでした。それでも先生は、「一度ご主人本人にお越しいただければ、ゆっくりお話しさせていただきますが」と言ってくれました。
次にスタッフが出向いたのは、依頼人の妻が勝手に名義を変更したという借家を管理している不動産屋でした。その不動産屋も彼女の居所を知っているように見受けられました。が…
「今、私しかおりません。勝手なことは言えませんので…。それ、ご主人からの依頼ですか?」
応対に出た若い男性はそう言いました。反応から察するに、彼女の居所を知っているのは明らかでした。で、スタッフは責任者がいる時に再びその不動産屋へ出向いたのです。
「家賃のこととか空室の管理などのこともありますから、連絡先は知っています。しかし、口止めされているので、どこにいるかということはお伝えできません。お宅達、ご主人から頼まれたんでしょ?えらい暴力を振るわれるらしいですね。そんな人にはなおさら言えませんよ」責任者はそう答えました。
またしても、「主人が暴力を振るう」という話が出てきました。パート先でも小学校でも不動産屋でも、「暴力を振るわれるので逃げる」です。あまりの一致に、私は依頼人がその事実を隠して依頼してきたのかと考え、本人に確認のため電話を入れました。
「ええ?!私が暴力を振るう?とんでもないです」 彼は開口一番、そう言いました。
「手を出したことは一度もありません。お疑いなら、上の息子達に聞いてもらったら分かります。『あんなヤツ、母親じゃない』と、上の子らの方が私以上に怒っているくらいです」
パート先でも不動産やでも小学校の先生すら、「主人が暴力を振るい、子供達を虐待するので、このままではいつ殺されるか分からないから逃げる」という話が出ていることを伝え、事実かどうかを確認すると、彼は驚いてそう答えました。 「そうですか。そんな事実もないというのに、みんなにそう触れ回っているのはかなり用意周到ですね。奥さんは元々、そういう性格の人なんですか?」私は尋ねました。
「いや、そういうことではなく、実は『子供を連れて出る』、『渡さん』という話の中で、『それやったら、下の子二人を連れて黙って家を出て行く』と言うもんですから、『探偵を使こてでも探し出して、子供は取り戻す』と言うたことがあるんですわ」
「ああ、それで」と私は思いました。「そんなこと、言わはったんですか?」私は思わずそう言いました。 そういうことであると、調査はますます困難を極めることになります。
私達は依頼人から聞いている材料から考え得る全ての調査を行いました。それに要した期間はほぼ半年近くかかりました。しかし、結果はどれも途中で彼女の足跡が途切れたり、調査拒否にあったりしてしまうのです。
私達は、もう一度不動産屋に出向きました。当初は、最初に訪ねた時と同様、「口止めされているので」と答えてくれませんでしたが、日参した結果、例の責任者は根負けしたのか、「東京方面だと聞いていますけど」とポロッと漏らしたのでした。
「東京方面のどの当たりですか?」
スタッフがすかさず尋ねます。
「いやぁ、そこまでは…」 彼の返答はこうでしたが、そこで引き下がるスタッフではありません。
「東京都二十三区内ですか?」
「うーん。都内ではないと思いますよ」
「じゃあ、埼玉ですか?」 責任者はギョとした顔をしました。スタッフは「しめた!」と思ったものです。依頼人の妻は埼玉にいるに違いありません。 「私は何も言ってませんよ」
そう言いながら、責任者はそそくさと店の中へ入っていきました。
彼女は幼い子供二人と自分の母と共に暮らしています。いくら大阪の借家の家賃収入があると言っても、それだけでは一家四人が暮らしていけないと私達は判断し、同じ働くなら手慣れたコンビニに勤めるだろうと推測しました。
スタッフは彼女が大阪で勤めていたコンビニの埼玉県下の系列店を軒並みに回ったのです。彼女の写真を半年間見続けていたため、顔はしっかり頭に叩き込んでありました。しかし、チェーン店全てを回っても彼女の姿を見つけることはできなかったのです。
スタッフはもう一度以前の同僚に会いにいきました。責任者は彼女の居所を決して教えてくれないのは分かっていましたから、最初に応対してくれた同僚に当たったのです。
「実は、お宅らが以前来られた後に、東京のスーパーから採用時の問合せが入ったんです。もちろん、ウチの系列のスーパーではありません。系列だったら、本部で分かりますから…。たぶん、今はそこに勤められたんじゃないですかねぇ…」 彼女はそう話してくれました。それは、とても重要な情報でした。
スタッフはすぐに彼女が教えてくれた企業の埼玉県下の店を当たり始めました。 五軒目の店に入った時、彼女の姿がそこにありました。
スタッフは彼女の退社時間を待って、後を尾け、住まいを割り出したのでした。 こうして、私達はやっと彼女の居所を探し当てることができました。それは、依頼を受けてかれこれ一年近くになろうとしていました。
「分かりましたか?で、どこにおりました?」
私達が依頼人に連絡を取ると、彼はまっ先にそう言いました。
「埼玉におられました。家については写真も撮っております。玄関前にはお嬢さんの自転車が置いてありましたわ」
私がそう答えると、彼はすぐに報告書を取りに来ると言いました。
ひとしきり説明した後、「で、どうされます?」と、私は尋ねました。
「今はちょっと仕事が忙しいので、すぐには行けませんが、連休の時にでも上の息子達と一緒に行こうと思ってます」
彼はそう答えました。
「そうですか。でも、行かれる時はかなり慎重にお考えならないと、また突然どこかへ姿を隠されることも考えられますよ」
「そうなったら、また探してもらうことはできますか?」
「いや、探せと言われれば探しますけど、今回以上に困難になるのは間違いないですよ。ましてや、今回でもかなり用意周到に準備して家を出られた奥さんの性格を考えると、並大抵の事ではないですよ」
「そうなると、やっぱりきちんと考えて動かないとあきませんなぁ」彼は思案顔でそう言いました。
「家内の性格からして、私らが行ったら、またどこかへ隠れる可能性が高いとは思っていました。そうなったら、もう一度佐藤さんに探してもらえばいいと思っていたのですが、今回以上に難しくなるんでしたら、やっぱりやり方を考えないといけませんな…」依頼人は言いました。 「ともかく、私としては子供らに連絡がつけばいいんです。どこに行こうとも、子供らからこっちに電話をできるようにしておくのが一番いいんですが、私の新しい家の電話番号を書いたメモを渡しても、家内が取り上げてしまうと思うんですわ。覚えさせなあきませんなぁ…。」彼は独り言のように呟くと、こう続けました。「それにしても、子供らの親権を私から自分の方に移していたとは…。これは何とかなりませんやろか?」
奥さんに会いに行く前に、一度きっちりと弁護士に相談した方がいいと、私は助言しました。彼はやっと子供達と連絡を取れる嬉しさからか、何度も礼を言って帰って行きました。
果たして、この連休の間、彼は無事子供達に会えて、ちゃんと話をつけることができたのでしょうか?その結果は、連休明けの彼からの報告を待つことにします。

<終>

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