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同僚だった彼のことが…(1 ) | 秘密のあっ子ちゃん(85)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

依頼人は三十二才の女性です。彼女は独身でした。二十代後半に結婚の話もありましたが、最終局面でどうも踏ん切りがつかず、独り身を通してきました。
 彼女はその頃から気にかかっている人がいました。大学卒業後に同期で入社した同僚の男性です。
 その会社は、関西でもそれなりの規模の鉄鋼材を主力に取り扱う企業でした。当初、彼女は事務職で入社しましたが、一般職が導入されると、希望して営業担当に回りました。一方、彼の方は入社時から営業部に属していました。
 同期で入社した新人社員は百数十名いましたが同じ営業担当ということで、仕事の打ち合わせなど彼女は彼と話す機会が増えていきました。
 しかも、彼女の実家は山陰にあり、彼の出身も岐阜であったため、両者とも、隣接して建てられている会社の男子寮、女子寮から通勤していたことも、より一層接する機会が増える一因となりました。
 こうして、二人はごく親しい同僚仲間の一員となっていったのでした。
 依頼人のごく親しい同僚の仲間には六、七人のメンバーがいました。彼もそのうちの一人で、二人は担当業務も同じであることから、仲間達の中でも特に親しい間柄でした。
 仲間は独身寮に住いしているメンバーがほとんどで、週末などにはみんなで酒を飲みながら語りあったものです。
 そんな時、よく話題になったのは彼のことでした。というのも、彼は「営業には向かない」と自認していて、愚痴ったり、仲間に相談したりしていたからです。この「営業に向かない」ということは彼が自認しているだけではなく、仲間達も全員認めていることでした。彼は、どちらかというと企画の能力に優れており、常にノルマをかけられ、「ごり押しでも、結果を出してきた者が勝ち」というような同社の風潮の営業にどうしても馴染めなかったのでした。それで、仲間達は「辞めるなら、あいつが一番先だな」と思ったものです。 ところが、二、三年の間に、ある者は田舎の実家を継いだり、ある者は結婚退職したりで、仲間達の方が次々と先に退職していったのでした。彼女自身も営業のきつさに耐えかねて、入社後五年にして退職してしまいました。 
 会社在籍時はあれだけ仲のよかった仲間達も、それぞれの新しい環境に溶け込むのに必死で、次第に連絡が疎遠になっていきました。依頼人も、もう今ではあの頃の仲間に連絡を入れることは滅多になくなりました。風の噂では、彼はまだ会社に残り頑張っていると聞いたことはありますが、真偽の程は定かではありません。
 彼女は五年前にある男性からプロポーズされました。決して悪い人ではありませんでしたが、どうしても踏ん切りがつかず、結局その縁談話は断ったのでした。その頃から彼女は彼のことが気にかかっていました。いや、彼のことが気にかかっていたからこそ、その男性のプロポーズに乗り切れなかったのかもしれません。 彼女は、思い切って会社に電話して彼の消息を尋ねてみようかとも思いました。しかし、やはりそれも躊躇われたのでした。

<続>

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