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夫の生みの親は…(2 ) | 秘密のあっ子ちゃん(84)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 スタッフは、依頼人のご主人の生みの母に息子さんの気持ちを伝えました。
 「息子さんはお気持ちの素直な優しい方です。お母さんがこの世に生きておられるなら、ただ一言、『生んでくれてありがとう』と言いたいとおっしゃっているんです」
 しかし、彼女は人違いであるときっぱり否定するのです。ところが、その後がいけません。
 「お父さんの方は元気なんですか?未だに女出入りが激しいんですか?」
 我が子の名前を告げても、その想いを話しても、「そんな名前は聞いたことはない」と言っていた割には、彼のお父さんのことは根堀り葉掘り聞きます。
 「私が嫁いだ時、もう既に外に女がいたんですよ。私は全然知らなくて、近所の人の方がよく知っていたくらいです。いい笑い者ですよ」
 「やはり、ご存知なのですね?」
 スタッフが突っ込んで尋ねると、彼女は慌ててこう言いました。
 「いえいえ、私は一般的な話をしているんです。生まれてすぐの子を置いて家を出るなんていうのは、よっぽどその主人の女癖が悪いしかありませんからね」 
 「あれほど女癖の悪い人はいませんよ」「大酒飲みで飲むと暴れるし、手におえない人です」などと、恨み辛みを延々と並べ立てるのでした。しかし、息子の話はひとかけらも出ません。
 スタッフは何という人だろうと思いました。確かに彼の父親には苦労したかもしれませんが、三十年以上経った今でも口に出すのは別れた亭主への恨みだけとは。たとえ生後十日しか一緒にいなくても、腹を痛めた我が子なら、「元気に成長したのでしょうか?」とか、「今はどんな生活をしているのでしょうか?」ということぐらい尋ねるものであろうにと思ったのでした。しかも、「生きているのなら、一言『生んでくれてありがとう』と言いたい」と思っている息子です。
 「もう一度お尋ねしますが、彼のことはご存知ではないのですか?」
 彼のために、スタッフはすがるような想いで再びそう尋ねました。
 「昔はいろいろご事情があったと思いますが、先程も申し上げましたように、息子さんはお気持ちの優しい方で、あなたに一言、『生んでくれてありがとう』と言いたいとおっしゃっているんです。彼の想いを受け止めていただけないのでしょうか?もう一度お尋ねしますが、彼はあなたの息子さんではないのですか?」
  ところが、彼女は冷たくこう言い放ちました。
 「私は子供なんか生んだことはありません。そんなに母親のことを知りたいのなら、父親に聞けばいいんですよ!」
 スタッフはがっかりしました。そして、我が子に対する母親の発言としてはあまりにも冷酷な言い方にショックを受けました。依頼人のご主人がこの言葉を聞けば随分傷つかれるだろうことが心配でした。
 「そうですか。お話をお聞きしていると、随分ご存知のように思いますが、彼には人違いだということで伝えておきます」
 スタッフはそう言って、彼の母親の家を立ち去りました。何とも言えない後味の悪い結果でした。
 数日後、依頼人が報告を聞きにやってきました。
 母親としてどんなに冷酷な言葉であっても、依頼人には伝えない訳にはいきません。スタッフは彼の母親の対応を全て包み隠さず彼女に話しました。そして、こうアドバイスしたのです。 「ご主人にすれば、そんな冷たい母親でも三十一年間想い続けてきた瞼の母です。このことが事実であっても、そのまま彼に伝えるのは酷だと思います。彼が傷つかないように、やんわりとお話ししてあげるのがご本人のためだと思いますよ」
 依頼人もこう言いました。 「そうですねぇ。今のお話をお聞きしましたら、やはり先にこちらで打診してもらったのは正解だったと思います。直接本人がそんな言葉を聞けば随分ショックだったでしょうし…。でも、どんな風に言えばいいでしょうか?」
 彼女はご主人をちゃんと納得させられるかどうか不安に思ったようです。
 「こんな風にお話してはいかがでしょうか」
 スタッフは再びアドバイスしたのでした。
 「『当方が話しもしないお父様への恨み辛みをおっしゃってるのに、ご主人のことになると知らぬ存ぜぬと言い張られるのは、生んだばかりのご主人と別れるのに随分辛い思いをされ、全てを忘れようとずっと努力されてきたからでしょう。今、ご主人と再会すると、せっかく忘れかけていたことを思い出し、却って辛い思いをすると考えられたのではないでしょうか?お母さんが元気で生きておられるのが分かり、『生んでくれてありがとう』という想いは彼女に伝わっていますので、その気持ちを大事にされて、これからはご自身のご家族を大切に末長く仲良くお暮らし下さいますように』こんな風に私達が言っていたと伝えられてはいかがですか?」
 数日後、再び依頼人から電話が入りました。そして、彼女はこう言ったのです。 「アドバイスしていただいたように主人に話しましたら、主人も納得してくれました。私も主人もこれからは自分達の家族を大切にしていこうと話し合いました。主人はもう母親には会うことはないと思いますが、却ってこのことで夫婦の絆が深まったような気がします。本当に有難うございました。

<終>

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