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突然行方不明になった彼女は…(2) | 秘密のあっ子ちゃん(94)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

「彼女は今どうなっているのか、佐藤さんはどう思われます?」
 じっと話を聞いている私に、彼はそう尋ねました。 「そうですねぇ…。それだけ厳しいお父さんなら、彼女が実家へ荷物を取りに帰った時に見つかって、そのまま軟禁されている可能性もありますねぇ。だけど、あなたには少し酷かもしれませんが、彼女の気持ちが変わって、その継母さんに『いない』と言ってくれるように頼んでいることもあり得ます。その辺はやはり頭に入れて考えないといけない思いますよ」
 私は答えました。
 「彼女の気が変わったということも考えられますか?」
 情況から判断するとどうしても彼女が出ていってしまったとは思えないと言う依頼人は、不安そうに尋ねました。 「まぁ、あなたにすれば考えたくないことだと思いますが、知り合った日に暮らし始めて、十日間だけ一緒だったという経緯を見ますと、そういうことは十分あり得ると思いますよ」
私は少し可哀想だとは思いましたが、こういうことははっきり言った方が本人のためになると信じ、そう言ったのです。
 「うーん…。仮にそうだとしても、やっぱり本人の口から、何があって気が変わったのか、それを聞かない限り、僕としては吹っ切れませんわ。どうしたら一番いいんでしょうかねぇ?」 彼は再び尋ねました。
 「こういう場合、第三者が間に入るより、あなたが直接彼女と話すのが一番いいんですけどねぇ。一度、訪ねられてはいかがですか?」私が答えます。
 「だけど、阪急服部駅の近くというだけで、詳しい住所も知らないんです」
私はすぐさま「ちょっと待ってネ」と言って、住宅地図を取り出しました。
私は「ちょっと待ってネ」と彼に言って、阪急服部駅周辺の住宅地図で彼女の実家と思しき家を探し始めました。「歩いて5分くらい」と彼女が言っていたという材料から、その範囲を隈なく見ると、彼女と同じ姓の家は二軒ありました。
 「おそらく、この二軒のうちのどちらかだと思いますよ」私は彼に言いました。 「うーん」彼は唸っているばかりです。
 「彼女がどちらかの家にいたとしても、私達はただ、彼女が実家にいたということを確認するだけしかありません。そりゃあ、あなたの心情を伝えるのは一向に構いませんけど、こうした場合、伝言したところで、結局、あなた自身が彼女と直接話さないことには納得がいかないんじゃないですか?それだったら、最初からあなた自身が行かれた方が料金もかかりませんし、その方がいいと思いますけど」 
 彼の悲壮な顔と給料はその日の生活で一杯という彼の話から、私は思わずビジネスを忘れてそう提案しました。 「それはそうなんですけど、あの継母が出てきたら僕では合わせてくれないと思うんですよ。彼女が本当に実家にいるかどうかだけでも確かめてもらう訳にはいきませんでしょうか?」 彼はまた思い詰めたように訴えてきました。
 依頼人の話では、彼女は頑固一徹でワンマンな父と継母に反発して、高校を中退した昨年は九州にいる実母の元に身を寄せていたということでした。この実母だけが彼女の味方だと、彼女が語っていたと言います。  自分で実家を訪ねてみるのが事を複雑にせず、お金もいらないと勧める私に、彼は悲壮な顔でこう訴えました。
「僕が行っても絶対に会わせてくれないと思うんです。彼女が今どうなっているのかだけでも知りたいので、佐藤さんの方で何とか見てきてもらえないでしょうか」
そこまで言うならと、私はこの依頼を引き受けました。 
 「とりあえず、彼女がどうなっているのかだけでも探ってみましょう。実家で様子が分らなければ、九州の実母の方にも聞き込んでみますから…」
私がそう言うと、彼はひと安心したのか、急に嬉しそうな表情で、「お願いします!」と来た時とは見違えるような元気な足取りで帰って行きました。
翌日、すぐさまスタッフは彼女の実家と思しき例の二軒の家を当たりました。 一軒目に聞き込みに入った家は彼女の親戚宅で、もう一軒のお宅が彼女の実家に間違いないことが分ってきました。
彼女の実家を確定できたスタッフは、次に近隣の聞き込みを開始しました。
「あの子は気の優しいいい子よ。朝、出かけやる時にいつも顔を合わすけど、ちゃんと挨拶してくれるしネ。十日程前はしばらく見かけへんかったけど、ここ二、三日は朝、またちゃんと挨拶して出ていってますよ」 彼女が住む文化住宅の向いのおばさんのこの証言で、彼女は実家に戻っていることは明らかでした。しかも、その様子から推察するに、父親に軟禁されているとは考えられませんでした。
スタッフはさらにその文化住宅の住人にも聞き込みに入りました。
「最近、父親が怒鳴ったり、叱ったりしている声は聞きませんよ」
彼女の階下に住むおばさんはそう言いました。やはり、父に叱られて軟禁されている様子はありませんでした。
「後妻さんと仲が悪いことなんはないよ。気の優しい子だから、継母をちゃんと立てて、うまくやってるよ」
そんな話もしてくれました。
 彼女自身の想いは別として、彼女の家族は傍目にはうまくいっていると見えるようでした。
私は依頼人にスタッフが見に行った彼女の実家の様子と近隣で聞き込んだ話を報告しました。
「家の様子と近隣の話から考えると、お父さんが怒って彼女を軟禁しているとは思えません。本人は自由に出入りしているみたいですよ。」
「そしたら、なんで電話一本してけえへんねんやろ?」彼は不安そうに尋ねました 。
「気が変って、自分の意志で連絡を取ってないと考えるより他ないと思いますよ」私ははっきり言いました。
 「……」
 彼は絶句したままです。 「だいたいの状況が分かった訳ですから、あとはあなたの判断次第です。気が変って連絡して来ないなら、これ以上しつこく言わないで黙って諦めるか、あなたがやっぱり納得いかないというのであれば、一度彼女と会って話をするか、どちらかしかないと思いますよ。それは、私がどうしろと言うべきものではありませんから、あなたが決めることだと思います。」
「それはよく分かります。でも、どうしようかなぁ…」彼は悩んでいました。
「じゃあ、ゆっくり考えて結論が出たらまた連絡してきて下さい。」
私はそうアドバイスしました。
「ええ。必ず連絡させてもらいますから、『調査はこれで終わり』という風にせんといてくださいね。なんか、佐藤さんとこと縁が切れると思ったら心細いですから」
 彼は決して気の弱いタイプではありません。むしろ、依頼にやってきた時の彼はヤンキー風で、自分の思い通り好き勝手に生きて、いかにも親を手こずらせているだろうと思われる青年でした。そんな彼がつい最近知り合ったばかりの私に、こんな風に弱気なことを言うのを聞いて、私は「人は自分の悩みを本当の打ち明けることのできる対象が少ないんだなぁ」と、つくづく思いました。私達のような仕事は、調査をして、依頼人の要望する内容を判明することはもちろんのこと、こうした悩みを如何に聞くことができるのかが求められているのではないかと、改めて感じたものでした。
 彼からは連絡はしばらくありませんでした。私も初めはじっくり考えればいいと思っていましたが、半年も経つと、彼女のことはもう諦めたんだろうと思うようになりました。
 半年が経った頃、久しぶりに依頼人から電話が入ってきました。
 「佐藤さん、覚えてくれてはりますか?」
 それは彼の第一声でした。
 「あれから、僕、えらいことでしてん。親父は失業するし、お袋は病気で入院するしで、それに金がかかってローンの支払いができなくなったんで、破産届を出したんですわ」
 「まあ、それは大変やったねぇ」と私。
 「それは何とか落ち着きましてん。で、彼女のことですけど、あのまま連絡は一切ありませんでしたわ。僕からも何の連絡してませんけど…。マ、何で気が変わったんか、知りたいのはやまやまですけど、もうやっぱり諦めますわ」
 彼は彼女のことを踏ん切ったようでした。
 「そう。自分でそう決めたのなら、そうするのが一番いいと思いますよ」
 「今はがんばって働いて、金を貯めなあきませんねん。前に話した、五年前に知り合って音信不通になっている女の子の話、覚えてくれてはりますか?金が貯まったら、今度、その子を探してもらおうと思ってますねん」
 彼は明るくこう言いました。
 「ええ、いつでも」と笑いながら答える私に、「彼は「じゃあ、またね」と元気よく言って、電話を切ったのでした。

<終>

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