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飼育係さんの人間性に惹かれて(1) | 秘密のあっ子ちゃん(95)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。 

今回お話する方の依頼内容は、相手とは一度しか会ったことがなく、しかも自分の存在を全く知らない人というケースです。しかし、そうは言っても、いわゆる“一目惚れ”とは少し趣が違いました。
 依頼人は三八才の女性で、主婦です。
 彼女はこの夏、友人達の小旅行で、国立公園内にある自然動物園に行っています。彼女は大の動物好きで、前々からそこにいる野生に近い動物達を是非とも見たいと思っていました。ですから、高校時代からずっとつきあっている仲間達との「小旅行」の話が出た時、彼女はその自然動物園に行くことを強く提案したのでした。
 その日、正午前に入園した彼女達は、寄せ場でエサを与える飼育係の説明を受けることになります。その説明はとっても上手で、彼の動物を思う優しい人柄が溢れていました。
 彼女は大感激して、非常に楽しい時間を過ごすことができたのでした。
 旅行から帰ってきてしばらくの後、彼女はその飼育係の人に是非お礼を言いたいと思いました。そして、もう一度自然動物園を訪れる機会があるならば、当の彼にもっと詳しい説明を聞きたいと思ったのでした。
 それは一目惚れというものとは異なった感情でした。もともと動物好きだった彼女は、彼の人間性に強く惹かれ、尊敬の念すら持ったのです。
 彼女は私達への手紙にこう書いています。
 「…エサ場で説明を受けただけなのに、探したいなんておかしいと思われるかもしれませんが、仕事とはいえ、精一杯、野生の動物の世話をしていらっしゃるあの人の姿にとても感動してしまいました。お名前が分ったからと言って、どうこうするつもりではありません。ただ本当に機会があれば、また自然動物園に伺いたいと思っているだけです…」 
 私はその手紙を読んで、「おかしい」とは思いませんでした。何故なら、何を隠そう、この私にも十年前に彼女のような経験があるのです。 
私がまだOL時代の頃の話です。今もそうなのですが、その頃より私はタイという国に魅せられていました。当時はタイに永住できる方法はないものかと真剣に考えたくらいです。
 そんな時、新聞の社会面のトピックスを見て驚き、居ても立ってもおれなくなったのでした。
 というのも、その記事とはこんな内容でした。
 人類学専攻で、サルの研究を続けていた京都大学大学院のある学生が、研究のため、たびたび出向くボルネオの途中で必ず経由しなければならないタイにすっかり魅せられてしまったと言うのです。
 その彼が、何とかタイで暮らせる方法はないものかと教授に相談したところ、あるプロジェクトに参加しないかと誘われました。  そのプロジェクトとは、タイ、ビルマ、ラオスの国境地帯、いわゆるゴールデントライアングルの作物である芥子の花を他の換金作物に転換させるという、タイ国王のロイヤルプロジェクトでした。
 彼は今まで続けていた人類学の研究を断念して、このロイヤルプロジェクトに参加することになったのでした。
 どうしてもタイに住みたかった彼、増田さんは、今までの人類学の研究を断念して、ロイヤルプロジェクトに参加することに決めました。
「断念して」というより彼の本音としては、タイに住めるこのプロジェクトに喜んで参加することを決めたのです。
 このロイヤルプロジェクトとはタイ、ラオス、ビルマ国境の三角地帯、いわゆる「ゴールデントライアングル」の中心作物、麻薬の原料となっている芥子を他の換金作物に転換させるというものでした。選ばれた作物はしいたけです。
 私が見た新聞記事は、増田さんがそのプロジェクトに参加し、地元の人に指導するために、しいたけの栽培方法の訓練も終了し、この度、いよいよタイに行くというものでした。 
 タイに住むことに憧れていた当時の私は、増田さんの行動力に感服してしまいました。私は、是非、彼の話を聞いてみたいと思ったのです。
 しかし、何の面識もない私が、今タイに渡る準備で忙しい彼に連絡を取るというのはとても厚かましく思え、躊躇してしまいました。それに、いくら感激したからといって、新聞記事を見ただけで連絡するのは、三十代の人間としてはあまりにもミーハー的で、そうしたことも躇らう原因となりました。
 私は二、三日程迷っていましたが、増田さんがタイに行ってしまうと二度と話は聞けないを思い直し、勇気をふるって、新聞社に教えてもらったとおり、京都大学大学院の研究室の増田さん宛へタイに関して自分の意見や想い入れ、そしていくつかの質問を書いた手紙を送ったのでした。私は自分の質問点に増田さんが若干の資料を送ってくれれば、御の字だと思っていました。
 ところが、二日後、増田さんから直接電話がありました。
 「あなたの話はおもしろい発想ですね。一度お会いしてゆっくりお話しましょう」というものでした。

<続>

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