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退職した同僚のことが…(2) | 秘密のあっ子ちゃん(106)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

「あの部屋の名義人のお名前だけでも何とかお教え願えないでしょうか?」
スタッフは最後の望みをかけて頼んだのでした。 家主さんは「お名前だけなら」と教えてくれたのでしたが、それは彼女とは全く違う苗字でした。
 唯一の手掛かりであったアパートの名儀人の名前も彼女のものとは異なり、スタッフ達の必死の努力も空しく、彼女へ辿り着く糸口はぷっつりと途切れてしまいました。
 私達はこうした内容を依頼人に伝えました。彼はやはり残念そうでしたが、「やむなし」と了承して帰っていったのでした。

 それから三年半が経ちました。今年の春、再び彼から電話が入りました。
 「四年程前に依頼した者ですけれど、覚えてくれてはりますか?」
 そう切り出した彼の言葉に、私はすぐに記憶が蘇り、その後どうしているのかを尋ねました。ひとしきりの世間話の後、彼は今も彼女のことが心に引っ掛かっているのだと言いました。
 「僕が彼女を送っていった時、彼女が嘘をついて、あのアパートの前で降りたとはどうしても思えないんです」
 その時、彼は彼女がその部屋に入るところまでは確認していません。しかし、彼は彼女がそこに住んでいたと信じて疑わないようでした。
 「あれから、アパートの方へは行かれましたか?」
 「ええ、何回かは。でも、いつ行っても電気はついていず、やはり誰も住んでいないような様子でした」
 「実は、僕はまだ結婚していないんです。やはり、彼女のことが引っ掛かって。何とか彼女を探す手立てはないもんでしょうか?」
 そうは言われても、前回あれだけ調べて暗礁に乗り上げたケースです。改めて探すにしても、それ以上の手がかりがなくては、無理だと言わざるを得ません。しかし、結局、結婚する気にもなれなかった彼の心情を考えると、私は何とかしてあげたいという思いに駆られました。
 「あとは、行方不明になっているという前の家主さんと探して、詳しく尋ねるしかありませんねぇ。でも、この家主さんを探すのは彼女を探す以上に難しいかもしれませんよ」
 私がそう言うと、彼はすぐさまこう言いました。
 「是非、それをやっていただけませんか?無理を承知で、何とかお願いします」
「無理を承知で、何とかお願いします」と言われれば、何とかしてあげたいと思うのは人情です。しかも、このままであれば、依頼人は自分の心の中に区切りをつけることができず、一生彼女のことを引きずっていくであろうことは容易に想像できました。できることならば、それだけは避けさせてあげたいと、私は思いました。
 私達は早速、例のアパートの三代前の家主さん探しを始めました。
 とは言っても、手掛かりは何一つありません。止むなく、以前に情報をくれた今の家主さんのお宅へ再び足を運んでみました。
 すると、何ということでしょう! こんな幸運なことがあるのかと、私自身が驚いてしまいました。
 「いえネ。お宅さん達が来られてから、ずっと気にかけていたんですよ。もともとご近所の方で、知らない仲ではなかったですからねぇ……。そしたら、つい半年前に、奥さんの実家の工務店を継がれるとかで、戻って来られたんですよ。ご主人はもともと建築関係のお仕事をされていましたからねぇ。負債の方も目処がついたとかで、心機一転、頑張っておられますよ」
 家主さんは親切にこう教えてくれたのです。
 負債のため行方不明となっていた前の家主さんが戻ってきているとの情報を得て、スタッフはその足で聞き込みに向かいました。対応してくれたのは奥さんでした。 「ああ、あそこの部屋の方ねぇ。あの部屋は私達があのアパートを所有している時に入られたんですよ。五十代の女性の方でネ、何でも離婚された直後とかで、一人暮らしでしたよ。その後、再婚話が出て、新しいご主人の所に行かれたみたいです。今、部屋はその方がされている陶芸の物置のように使われているようですが、何しろその頃というのは、ご存じのように私達の方がバタバタしておりましたので、それ以上の詳しいことは聞いておりませんのよ」
 奥さんはそう話してくれましたが、依頼人が探している彼女のことは一言も出てきませんでした。スタッフは奥さんに彼女の名前を出してみました。すると、こんな反応が返ってきたのです。
 「ああ、その人でしたら、あの部屋を借りている方のお嬢さんですよ。離婚されているから姓が違いますが、再婚される前には何度か訪ねて来られてましたからねぇ……」
 「ああ、その人でしたら、あの部屋を借りている方のお嬢さんですよ。お母さんが離婚されているから、姓が違いますけれどね」
 前の家主の奥さんの話で、四年越しのあの部屋と彼女の関係の謎が分かってきたのでした。「友人二人と暮らしている」というのは嘘でしたが、あの部屋と無関係だった訳ではなかったのです。
 スタッフは奥さんに事情を説明し、何とか彼女のお母さんの連絡先を教えてもらえないかと頼み込みました。
 「連絡先ですか? 確か、再婚された時にお聞きしているはずですけれど……。ちょっと、待って下さいよ」 奥さんはそう言って、古い書類を引っ張り出してくれました。そこには、彼女のお母さんの今の連絡先がちゃんと書かれてあったのです。
 スタッフは丁重にお礼を言って、すぐさま彼女のお母さんに連絡を取りました。 お母さんは快く彼女の連絡先と現在の勤務先を教えてくれました。
 こうして、依頼人の四年に亙る執念(?)が叶えられたのです。二人がこれからどうなっていくのかは今後の楽しみですが、私は依頼人の想い入れの深さをしみじみと感じたのでした。

<終>

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