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単なる娘の家出ではなく・・・(2) | 秘密のあっ子ちゃん(120)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

依頼人(六十二歳)の娘(三十五歳)と駆け落ちした男性の奥さんはこんな話をしました。
「もともと私が離婚届に判を押したのは、『母子家庭の保護をもらうために』という主人の言い分を真に受けたからです。ですから、離婚はそのための偽装で、私達は今でも夫婦だと思っていました。一年前に離婚の話を切り出されて、主人が家に戻らなくなり、アパートを借りて一人で住むようになっても、掃除や洗濯には通っていました。だから、他に女の人が出入りしているなんて、思いもよりませんでした。二人が消えたという二日前も、私、アパートへ行って、主人と会っているんです。その時は会社を辞めるとか、どこかへ行くとかいう話は一切出ませんでした。それに、その日、主人は私を抱いたんです。それが、二日後にはこんなことになるなんて……。私、それを考えると、悲しくて、悲しくて……」
彼が住んでいたアパートは解約もされていず、荷物もそのままになっているということでした。
「家賃もかかってきますから、近々解約して荷物も引き揚げてこようと思っています」
依頼人の娘と駆け落ちした男性の奥さんは、私達に対して好意的で、いろいろな話を聞かせてくれました。というのも、「生活保護を受けるため、子供によかれと思って離婚届けに判を押した」という奥さんにとっても、ご主人を探してもらえるのは願ってもないことだったからです。
「主人の同僚で、昔から親しくしている人がいます。その人なら、何か知っているかもしれません」
奥さんは最後にそう教えてくれました。
私達はすぐにその友人に会いに出かけました。依頼人も「是非に一緒に行きたい」と言うので、同行したのでした。
訪ねて行くと、その友人はいかにも迷惑そうな顔をし、私達は随分と待たされました。やっと応対に出てきた彼は、開口一番、「自分もびっくりしている」と言いました。そして私達の質問に、「自分は何も聞かされていなかった」、「全く知らない」と、今回の二人の件には自分は一切関与していないことをくどくどと述べたのでした。
私達の心象と言えば、「彼は何かを知っている」でした。「知らない」と言い続ける彼に対して、依頼人は苛立ち、ついには「後であんたが何か知ってたということが分かったら、ただでは済まさんからな!」と声を荒げる場面もありましたが、私達はそれを押し止めて引き揚げました。彼がそう言い張るのでは、この段階ではどうしようもなかったからです。
次に、私達は駆け落ち相手の男性が、離婚後暮らしていたアパートの家主に聞き込みに入りました。
しかし、出入りの激しいアパートであること、彼自身も入居して日が浅いこと、そもそも家主自身が「家賃さえきちっと払ってくれれば後は関係ない」という考えの人で、住人それ自身には全く無関心であることなどから、「女の人は出入りしていたみたいだけれど……」ということ以外、これと言った情報を得ることはできませんでした。却って、「今月の家賃はどうなるのか?」とか、「蒸発したんなら、荷物は早く引き揚げてもらわないと困る」という苦情を私達は聞かされたのでした。
こうした「駆け落ち」の場合、蓋を開けてみれば目と鼻の先にいたということがしばしばあるのですが、男性が会社の金を使い込んでいるということを考え合わせれば、今回のケースは遠くに逃げていると考えた方が妥当でした。
人が逃げる場合、一般的には関西の人間は西へ、とりわけ九州方面へ、関東の人間は東へ、つまり東北や北海道へ逃げるという、不思議な人間の心理が調査業の中では実証されています。 ところが、「九州」だけでは範囲が広すぎ、これだけでは探しようがありません。普通、人間というのは突飛な行動はしないもので、逃げる場合も、友人がいるとか一度は訪ねたことのある地域に行くものです。しかし、今回の二人の場合、近親者に尋ねても、九州には何の縁もゆかりもなく、つい最近、彼女がご主人と一緒にハウステンボスに行ったくらいだけでした。
「万事休す」と、私が次の手立てを考えあぐねている時、幸運にも手配した銀行から連絡が入ったのでした。
それは、彼女が大牟田支店から出金したという、願ってもない情報でした。
私は当初依頼人から相談を受けた時、すぐに警察に捜索願いを出すようにアドバイスしていました。警察は「民事不介入」の原則があるため、家出、ことに成人の駆け落ちとなると、「捜索をしてくれる」などということは全く期待できません。しかし、様々な機関に協力を要請する時には有効な裏付けとなるからでした。
そういう風に、警察にきちっと捜索願いを出しておいて、私は彼女が持って出た通帳の銀行に、彼女が出金すればどこからの支店からなのかを教えてくれるように要請しておいたのです。結果、彼女はやはり九州にいました。
銀行から連絡が入ったと同じ頃、今度はご主人の方から新たな情報が入ってきました。
ご主人の話によると、彼女の学生時代の親友が芦屋の嫁ぎ先を出て、福岡の実家に戻っていることが分かってきました。この親友は一年程前から離婚を考えており、そのことを彼女によく相談していたということでした。友人は身辺がバタバタしていたため、ここ二、三カ月は彼女に連絡を入れることができなかったけれど、落ち着いたので電話してきたのだと話したと言います。
「九州にそれだけの大親友がいるんでしたら、彼女はその友人を頼っているのかもしれませんよ」
私はご主人にそう言いました。ところが、ご主人はこう答えるのです。
「いや、それはないと思います。その友達は家内が家を出たことを全く知らずに、当然家にいるものと思って電話をしてきたんですから……。一応、あいつから連絡が入ったら、教えてくれるようには頼んでおきましたが」
この時、私はご主人に反論はしませんでしたが、内心はその友人の言を全面的に信じれないと思っていました。というのも、家出した者は、今、家ではどういう状況になっているのか、自分の捜索がどこまで進んでいるのかを絶対に知りたいものなのです。そのための「さぐり」はあり得ることなのです。
主人を放って駆け落ちした彼女が大牟田支店から出金したという情報を得て、私達は次に彼女が出金する日は給料が振り込まれた直後だと踏みました。
彼女を発見する最大のチャンスはその時しかありません。それは、二日後に迫っていました。
私は張り込み要員の手配をし、依頼人に情況を報告しました。すると、三時間後にご主人から連絡が入りました。是非とも自分も連れて行ってほしいと言うのです。
「尾行や張り込みにご依頼人さんを同行させるケースはございませんので、今回は大阪でお待ちいただけませんか?」
私はやんわりと断りました。実際、素人が尾行現場に入ると余計足手まといになります。それに、ご主人は直接の依頼人ではありませんでしたが、一番の当事者であることには間違いなく、当事者が現場にいるのは却って支障がきたすことが度々あります。例えば、彼女の方が先にご主人を見つければ、銀行に姿を現わさないことにもなります。 私はどうしても同行したいというご主人に、そのことも含めて説明しました。しかし、ご主人は引き下がりませんでした。 「絶対に邪魔にならないようにしますから。僕も行くつもりで休みも取りましたし、あいつが何を考えているのか、一刻も早く直接この耳で確かめたいんです」 そういうご主人の心情は分からないでもありません。私はご主人を張り込み現場には立たせない心積もりで、彼が同行することを認めました。
スタッフは現地でレンタカーを借りる手筈でしたが、ご主人は「本人を捕まえたら、このまま連れ帰りたい」と、自分は車で行くことを主張しました。スタッフには一足先に現地に向かわせ、ご主人の車には私が乗り込むことにしました。
当時、私は三十六歳、彼女が三十五歳でご主人が三十七歳。年齢的にも近いことがあって、依頼を受けて以来、ご主人は私にいろいろなことを相談してきていました。時には、「あいつは今、何を考えているんやろうか?」とか、「こんなことをするなんて、どういう心理なんやろうか?」などと、私に聞かれても答えようがないことまで尋ねてきたりしていました。
今回の依頼があって以来、私はよくご主人の相談に乗ってきました。彼は元気そうにしていても、やはり妻が男を作って駆け落ちをしたという事実にはショックを隠しきれず、時々考え込み、塞ぎ込んだりするのでした。
九州へ向かう道中もそうでした。憂鬱そうな顔をして、ただ運転しているだけのご主人の気持ちを、私は何とか明るくしようと、あれこれと話題を持ち出すのですが、結局は彼女の話に行き着き、「あいつは何を考えとったんかなぁ」と、溜め息まじりで呟くばかりでした。
「九州までこれじゃあ、私の方がしんどすぎる」
私の方が溜め息をつきたいくらいでした。
ところが、私がふとスキーの話をすると、彼は大いに乗ってきたのです。聞くと、彼は大のスキー好きで、例年、冬になるのを待ちかねて信州へよく出かけたとのこと。私は、やっと彼が生き生きと話す話題にぶつかり、ホッとしました。と同時に、これ幸いとばかり、この話題からそれないように注意していました。彼の方も、今までとは打って変わって楽しそうに話し続けるのでした。
が、ふと気づくと、走り続けいている中国縦貫道の前方で、警察官が大きく旗を振っているのが目に入りました。スピード違反に引っ掛かってしまったのです。
ご主人が興味を持つ話題にやっとぶつかり、私はスキーの話を大いに盛り上げようとしました。彼もまた、それについては生き生きと話し続けていました。
ところが、ふと気づくと、私達が走り続けていた中国縦貫道の前方で、警官が大きな旗を振り回し、「止まれ」と指示していました。スピード違反だったのです。 警官はこう言いました。 「すごいスピードでしたよ。四十キロオーバーですね。何故そんなに急いでおられたんですか?」
そして、こう続けたのです。
「助手席の人もスピードが出すぎだと気がつかなかったのですか? 異様なスピードですよ」
そう言われても、私は答えようがありません。確かに、視界の隅を流れる風景の速度は早いなとは思っていましたが、私としては落ち込んでいるご主人を何とか元気づけようと、そのことばかりに気をとられていたので、四十キロもオーバーしたスピードだったとは思いもよりませんでした。 私の次の心配は、ご主人がこれでまた落ち込んでしまうのではないかということでした。が、当のご主人は案外ケロッとしていて、私はホッとしたものでした。 こんな風にして、私達は九州に何とか到着し、尾行班と合流しました。翌日からの銀行での張り込みは、「ご主人がウロウロして彼女が先に見つければ、現れるものも現れない」と、尾行班のみが受け持つことを説得して、私とご主人は大牟田市内一円を彼女が住んでいそうな所や勤め先を当たることにしました。
一日目。銀行には彼女は現れず。私達の聞き込みにおいても、めぼしい情報を得ることができませんでした。
二日目も彼女は銀行には現れませんでした。私達は、この日も前日同様、住民票や保証人がなくても勤めやすそうなパチンコ店や水商売、仲居として働ける料理屋や旅館などを写真を持って、軒並みに当たったのですが、彼女らしい人物の影も形も出なかったのでした。 三日目。銀行にはやはり彼女は現れませんでした。私達は、今度は彼女が寝泊まりしていそうな場所、ビジネスホテルや旅館などを当たっていました。そして、そこで一つの収穫を得たのです。

<続>

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