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風にふかれるストレートヘア (6) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル

 これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
「もうあきらめた方がいいのかもしれない」
3年もの自分の思いが届かないのは、これだけ待ってもこれだけしても千里に会えないのは、すべて縁結びのお守りをなくしてしまった自分の責任のように思えた。
「縁がないんだ」
思いを断ち切るように、声にしてつぶやいてみた。
その年の夏も、公園の桜の木からはクマゼミがうるさく鳴いていた。アルバイトの帰り、和宏は公園を横切りブランコの横を歩いていた。ふと見ると、公演の前の道路を千里とよく似た人影が通り過ぎた。
「千里だ!」
ダッシュし、走り、追いつき、前に回って顔を見た。千里ではなかった。長いストレートの髪の毛やほっそりした後姿は千里そのものだったが、顔立ちはまるで違った。
けげんな顔をしているその女性を無視して、自宅への道に戻った。夏の盛りの真昼に全力で走った暑さと息苦しさが、むしょうに和宏をいらだたせた。
「縁がないはずはない!」
和宏はA興信所に再び調査を頼んでいた。
8月も終わりになって、A興信所は和歌山市内のマンションの名前を知らせてきた。和宏は報告を受けたその日のうちに、そのマンションを訪ねていた。
マンションは和歌山市内の繁華街から少しはずれた場所にあった。
102号室というその部屋のチャイムを押した。しばらく待ったが反応はない。もう一度押す。耳をすませたが、ドアの向こうには何の物音もしなかった。
「まだ帰ってきてないのか」
隣の住人が帰宅時間を知っているかもしれないと思い、101号室のチャイムを鳴らした。
幼い子供を抱いて出てきた若い主婦は、和宏に無造作に答えた。
「ああ、高木さんなら一週間ほど前に引っ越されましたよ。若い男の人が来て、その人の軽トラに荷物を何回かに分けて運んでたから、その人と一緒かもしれへんわねぇ…。えーと、最後はこの前の日曜日だったかなぁ。さぁ、どこへ行くかとか、何も聞いてへんから…」
A興信所にはすぐに連絡を入れたが、逆に一ヶ月の期間延長と追加料金を言ってきた。
和宏は納得できず、もう一度電話帳で別の探偵事務所を探した。しかし、どの探偵社も似たりよったりの広告を掲げ、和宏にとってたいした違いはない。それでもあきらめきれずにじっと関西の電話帳を眺めていると一つの社名が目に飛び込んできた。
「初恋の人探します社」
「なんや、潰れてへんやんか!心斎橋に移転してたんか!」
久しぶりに柏本君から電話が入ってきたのは平成4年9月初旬でした。
「前に依頼したことのある柏本ですけど、覚えてはりますか?」
忘れるはずがありません。
私はことあるごとにスタッフと「柏本君、どうしてるんかなぁ」と話していたのですから。
「千里さんと会えた?」
「それが…」
柏本君は当社が法人化した際に移転したあとのいきさつを、私に話してくれました。当社が潰れたかと思ったことも…
「ごめんね。移転案内は半年間流してたんだけど…。千里さんのことは、すぐ調べるからね」
私たちはマンションの管理人や、千里さんが引っ越すまで勤めていたスーパーの同僚に聞き込みました。皆の話によると、彼女は以前そのスーパーに勤務していた若い男性社員のところに行ったのではないかということでした。
さっそくその男子社員の実家を突き止め、話を聞きにいきました。
対応に出た男の父親の話はあっけないものでした。
「息子は出たり入ったりで、何をしていることやら…。帰ってこない日はどこにいるのか、まったく知らんのですよ。私たちがヤイヤイ言っても反発するだけですし、もう一人前の大人ですから、自分のことは自分で責任持てばいいと思って自由にさせてます。千里さん?さあ知りませんねえ…」
千里さんの祖母も、新しい彼女の居所は聞いていませんでした。住民票も和歌山に置いたままになっているとのことです。
「それだけ調べてもらってわからないなら仕方がないです。あきらめます」
柏本君は残念そうにそう言うと、電話を切りました。
しかし最近、改めて電話した時、彼は言ったのです。
「会いたいという気持ちは今でも続いています。できれば会いたいです」
その言葉を聞いた途端、柏本君を一度も千里さんに会わせてあげることができなかったことで、私の中で鋭い後悔の念がわき上がってきました。いつも電話でしか話したことがない、顔も知らないこの柏本君が、とても愛しく思えてきたのです。
「いつか必ず会わせてあげる!」
私は思わず心の中で叫んでいました。
彼は最後に言いました。
「会えなくなって後悔したのは、彼女に交際を申し込まれた時、自分も好きだということを言わなかったことです。彼女は自分の片想いだったと勘違いしていると思います。あのころは、ふたりきりになると照れくさくてとてもそんなこと言えなかった。今なら言えると思います。いえ、会って言いたいんです。ずっと好きだったと…」
柏本君はもうすぐ22歳になります。
~ 終 ~

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