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突然店を辞めた彼女(2) | 秘密のあっ子ちゃん(50)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 「生まれて初めてでした。女の子をあんなに好きになったのは…」
 彼は私達にそう言ったものです。
 しかし、調査は大変です。何しろ本名が分りません。ですから、短大に聞き込みに入りようもありません。店の方では、彼が店長にこう言われていました。
 「いやぁ、こちらも連絡を取ろうと思って、履歴書にある電話番号に電話したんですが、違う家にかかるんですよ。マ、こういう商売ですから、入る時に履歴書に書いてある事が本当かどうか、そんなに力を入れて調べませんからねぇ…」 つまり、手がかりは庄内あたりの風呂もない古いアパートに両親と住んでいるということだけだったのです。
 本名も分らず、それ故に卒業した短大名が分っていても聞き込みに入ることもできず、店へ提出していた履歴書の住所はデタラメだった…。
 サクラちゃん(21才)を探すには、彼女が依頼人(25才)に語った、「庄内あたりの風呂もない古いアパート」だけが手がかりでした。
 スタッフは住宅地図を片手に現地をくまなく歩いて、それに合致するアパートを探し始めました。
 何日も歩き回った結果、それらしいアパートが何棟か見つかってきました。そこで、私達はそのアパートの大家さんに、二十一才くらいの丸顔で元気のいいお嬢さんとその両親が入居していないかを一軒一軒尋ね回ったのでした。
 該当者が出てきました。その娘さんの特徴もサクラちゃんにぴったりです。彼女の氏名も分ってきました。 この吉報を依頼人に報告しようとしていた矢先、彼の方から電話が入ってきました。
 「サクラちゃんと仲の良かった、店での友達の名前を思い出したんです!」
 私は、「そんなことはもっと早く思い出してくれよなぁ」と思ったものです。それが分っていたなら、その友人に聞き込みに入れて、こんなにも足を棒にして歩かなくても済んだのですから。 スタッフ達が足を棒にして歩き回ってつかんだ情報でしたが、「念には念を入れて」と、私は依頼人(25才)が思い出したサクラちゃんの友人に確認に入りました。
 彼女は幸いにも今も店に勤めていて、すぐに連絡を取ることができました。
 聞き込みの結果、サクラちゃんの本名はスタッフが見つけ出したアパートの住人の姓名とぴったりと一致し、彼女の住居はそのアパートであることが確認できました。
 私達がすぐさま依頼人に報告したのは言うまでもありません。
 ところが、彼はこう言ったのです。
 「店の履歴書にもデタラメの住所を書いていたということは、客だった僕なんかが訪ねていったら嫌がると思うんです。どこにいるか分らなかった時は、それだけが気になっていましたけど、こうやっていざ分ってくると、訪ねていっていいものか迷ってしまいます。どうするか、もう少しじっくり考えてみます。それまではこの報告書も預っておいて下さい。持っていると行ってみたくなりますから…」
 彼は報告書に少し目を通しただけで、それを置いて帰っていったのでした。
  彼(25才)が「これからどうするのが一番いいか、もう少し考えてみます」と言って帰ってから半月。「持っていれば、行ってみたくなりますから」と置いていった報告書は、相変わらず当社が預かっていました。
 三週間後、彼から電話が入りました。
 「いろいろ考えましたけど、やはり自分が直接行ったら驚くと思います。そちらの女性のスタッフのどなたかに彼女の家を訪ねてもらいたいんですけど…」
 コンタクトの代行をしてほしいという依頼でした。 サクラちゃん(21才)が別の店へ勤めていたとしても在宅しているだろうと思われる時間帯を狙って、スタッフが庄内へ向います。 ドアをノックすると、出てきたのはサクラちゃん本人でした。
 やはり、少し体調が悪いらしく、今は勤めに出ていないということでした。丸顔の可愛いいえくぼに変わりありませんでしたが、けだるそうな感じでした。  「彼があなたの体調のことを随分心配されている」と伝えると、サクラちゃんは、「名前だけではどの人のことなのか、ちょっと思い出せませんけど、そんなに心配してもらって嬉しいです」と答えました。
 スタッフが客観的な目で見る限りでも、サクラちゃん(21才)は丸顔の中のえくぼが可愛いい、明るい女の子でした。ただ、やはり体調が悪いせいか、少しけだるそうな印象を与えていましたが。
 スタッフが彼女に依頼人(25才)のことを覚えているかを尋ねます。
 「名前だけではどの人のことかちょっと思い出せませんけど、声を聞けば分ると思います」
 彼女はそう言いました。彼が彼女に電話を入れても構わないという確認を取って、スタッフは帰ってきました。サクラちゃんは、自分の体のことを心配してくれて、とても喜こんでいたと彼にくれぐれも伝えてほしいとつけ加えていたとのことでした。
 彼は大喜びでした。「早速、電話してみます!」という返事が返ってきました。 翌日かかってきた電話でも、彼の声は弾んでいました。
 「『心配してくれて有難う』と、えらい喜んでくれましてね、少し喋ったら、僕のことが分かったみたいです。話も随分盛り上って、『今度会おう』と言ったら、OKしてくれました!」
 彼とサクラちゃんのデートの日は、三日後の土曜日でした。
 依頼人(25才)とサクラちゃん(21才)がデートした二日後の月曜日、今度は電話ではなく、彼は直接当社にやってきました。 「土曜日のデートはいかがでした?」と私が聞くと、彼の口から意外な言葉が返ってきました。
 「実は、諦めることにしました」
 彼の話によると、二人は土曜日の夕方、待ち合わせて食事に行きました。サクラちゃんが食べたいと言うので、イタリアレストランに行ったそうです。
 サクラちゃんは相変わらず明るく陽気で無邪気で、話も弾みました。それで、彼は思い切って、「つきあってほしい」と申し込んだのです。
 サクラちゃんはちょっと考えながら、「そやねぇ…。嬉しいけど、やめとくわ」と答えたと言います。   「どうして?」私は尋ねました。もちろん、彼もサクラちゃんに尋ねた言葉です。
 「話していて楽しいけど、ちょっと私のタイプと違うから」と言われたと、彼は話してくれました。
 しかし、彼は結構さばさばしていました。
 「思い切って申し込んで、サクラちゃんらしく、あっけらかんと振られたので、これで気が済みました」
 最後に彼はそう言ったのでした。

<終>

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