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老紳士の後悔(1) | 秘密のあっ子ちゃん(51)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 今回のお話の主人公は現在七十四才の、見るからに悠々自適の老紳士です。
 彼は戦後間もなく結婚し、いろいろな事情のために一年足らずで離婚してしまった妻を探していました。
 昭和二十二年、彼はそれまでに交際のあった二歳年下の彼女と入籍しました。
 若い二人にとって、新婚生活は貧しいながらもそれは楽しいものでした。彼にとってみれば、あの混乱の時代、二人で生活を築いていくことは「生きていく希望」と同義語でした。
 ところが結婚後しばらく経って、仲人から彼女の親元へ送金するようにと迫られました。仲人の言うには、彼女の両親が二人の結婚を許したのは、彼が両親の生活を援助することが前提となっていたとのことでした。それは彼にとっては初耳の話でしたし、当時、二人の生活にはそんな余裕はどこにもありませんでした。二人共、毎日芋を食べてがんばっていたのです。
 仲人からは火のついたように送金の催促が来ます。その度に二人の会話は険悪になっていきました。
 彼女は夫と両親の間に入って苦しんでいました。
 そして半年後、彼女は耐え切れず、友人を頼って家を出てしまったのです。そして、食堂経営者の一人娘が女学校時代の同級生であったよしみから、その店で住み込みとして働き始めたのでした。
 彼(当時26才)は妻がどこで暮らしているのかを知っていました。しかし、彼は迎えにはいきませんでした。彼女の両親の要求に腹を立てていたということもその一因と言えました。のみならず、彼は別居直後に、妻を裏切っていたのです。
 妻の女学校時代からの友人で、新婚当初から二人の家へ出入りしていた女性がいました。彼女はほっそりした妻に比べて肉感的で、彼は以前から彼女の自分に向ける視線の中にある、その意味を感じ取っていました。
 妻が出ていって間もないある夜、妻がいないことを知らずに訪ねてきた彼女を、彼は抱いたのでした。
 それは当の彼女も望んでいたことで、彼女は抗うこともなく彼を受け入れました。そして、二人の関係はずるずると続いたのでした。 それは、そのうちに妻だけではなく、舅の知るところとなりました。
 彼は妻の父から不徳をなじられ、離婚の申し出を受けたのでした。
 妻の父親に不徳をなじられ、彼は離婚の申し出を承諾しました。一年足らずの結婚生活でした。 
 それから四十六年、紆余曲折はあったものの、彼は何不自由なく暮らしています。あの時の女性はもともと男出入りが多い女で、半年もしないうちに別の男を作ったので、すぐに別れていました。その後、全く別の女性と再婚し、子供にも恵まれました。
 平成五年、七十二才になった彼は、自分の人生の中でずっと気になっていた先妻と同じ名前を東京の電話帳で発見しました。
 彼はすぐにその人に手紙を書きました。
 「私は先妻の消息を探しています。もし、あなたがご本人だったら連絡を下さい」と記して…。

<続>

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