これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
彼が出金するのはだいたい月末であることが判ってきたのでした。私達はその前後一週間を銀行で張り込むことにしました。
しかし、残念ながらその月は空振りに終わりました。後で分かったことですが、その月の月末には彼は出金せず、翌月十日ごろに出金していたのです。
当然のこととして、依頼人はがっかりしました。しかし、こればかりは私達としてもどうしようもありません。何らかの事情で、その月の月末に彼は現れなかった訳ですが、他に有効な手段がない現状では翌月の出金時に賭けるしかありません。
翌月の月末に、私は再び尾行班を銀行に配置しました。
一日目、彼は現れず。二日目、現れず。三日目、やはり現れず…。
一日中、何人ものスタッフが銀行の前や中で張り込む訳ですから、銀行強盗の下見か何かと間違われ、不審者扱いにされないように、その銀行の京都支店には話を通してありましたが、日数が延びてくると、さすがに銀行側も嫌がってきました。
そこで、私はもう一度銀行側に協力を要請するために走ったのでした。今度は支店の責任者に直接面談し、もう一度協力を要請しました。支店長は「事情が事情だけに」と、渋々ながら納得してくれましたが、「こちらも業務の支障がきたすので」と、「あと三日だけ」という条件がつきました。
私達は、三日のうちに彼が現れてくれることに賭けるしかありませんでした。 しかし、その日も翌日も、彼は姿を見せませんでした。 約束の三日目、私達は祈るような気持ちで張り込みを続けていました。
午後二時四十五分、閉店間際の慌ただしい時間に、彼はついに姿を見せました。尾行班はそのまま追尾を開始し、彼のアパートを突き止めたのでした。
後で分かったことなのですが、彼は外食産業のホールでアルバイトとして働いており、たまたまその日が彼の休日に当てられていたとのことでした。
依頼人が大喜びしたのは言うまでもありません。翌日には、夫婦揃って高知からやって来ました。
私は、二人が息子に会いに行く前にこうアドバイスをしました。
「親御さんから見れば、行方不明になる理由が全く見当たらなくとも、こうして二年間も誰にも一切連絡を取らず、専門の技術ではなく、アルバイトで生計を立てておられるのは、必ず何かの理由があるのです。頭ごなしに叱らずに、その辺のところをよく聞いて解決方法を探ってあげて下さい。そうでなければ、また同じ繰り返しになりますよ」 私はまたこうも言いました。
「本人さんが嫌だと言うなら、無理矢理連れて帰るようなことはしないで下さい。自分の話にご両親が耳を傾けてくれると分かったならば、二度と逃げるようなことはされませんから。『連絡だけは寄越せ』とおっしゃっておけば大丈夫です。それより、本人さんの意志に反して強引に連れ帰ろうとする方がよくない結果を持たらします」
二人は、今回の件でこれまでの親としての関わりを深く反省していたようで、私の忠告を素直に受け止めてくれました。
翌日、二人は再び当社を訪れました。 「この二年間の心配が高じて怒鳴りたい気持ちはヤマヤマでしたが、佐藤さんのアドバイス通り、頭ごなしに怒らず、何があったのかを息子に聞いてみました」 ご主人の方がそう切り出しました。そして、依頼人がこう引き継いだのです。 「本人の言うには、どうも私達の期待が負担だったようです。実は、高校時代まで、主人の医院を継ぐように医者になることだけを目標にさせていたんです。医学部の入試に失敗した時は、私達はがっくりしたものです。でも、何年も浪人させる訳にもいかず、止むなくコンピューター系の専門を取らせましたが、それも本人は嫌だったようです。おとなしく親孝行な息子だっただけに、そんなことを考えていたなんて、本当にびっくりしました」
そして、二人は最後にこう話してくれました。
「私達は息子のために良かれと思ってやってきたことですが、こんな結果になってしまうなんて……。何でも、以前から脚本に興味を持っているようで、しばらくは関西にいたいと申しております。これからは焦らず、本人の意志を尊重してやりたいと思っています」
<終>
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