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単なる娘の家出ではなく・・・(5) | 秘密のあっ子ちゃん(123)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 「彼女の叔父さんとなると、周りに漏れる危険性はございませんか?」
 この間の彼女(35歳)の動きに内通者の存在を確信していた私は、今回、同行する人が身内の人だと聞いて、そう尋ねました。
 「いや、それは大丈夫です。弟も仲人をしたことから、責任を感じて、今回のことは親身になって心配してくれてます。弟がアイツに情報を漏らすということはあり得ません」
 依頼人(62歳)はきっぱりと言いました。
 「それでは、今回の動きは叔父さん以外、誰にもお話しにならないで下さい」 依頼人も今回が最後のチャンスになるであろうことは理解していましたので、私のこの申し出は必ず守ると約束してくれたのでした。 翌日、私は再び北九州市へ向かいました。夕刻、例の部屋を見に行くと、まだ明かりは点いていませんでした。
 「あそこのお家の方はいつも何時ごろお帰りですか?」
 私は近くの八百屋さんに尋ねました。
 すると、こんな答えが返ってきました。
 「ああ、あそこの人は二日前に引っ越されましたよ」 私は「しまった!」と思いました。またしても逃げられたのです。
 「どちらの方へ行かれたかはご存知ないですか?」 それでも、藁をもすがる思いで、私はそう尋ねました。すると、こんな返事が返ってきたのです。
 「すぐそばらしいですよ。何でも、今までの所は狭くて汚いからと言っておられました。ここの道を真っすぐ行って、二つ目の角を曲がった辺りらしいですけど……。毎日、だいたい今ごろの時間にウチに買いに見えられますけど、今日はまだ来られてませんねぇ。来られたら、何か伝えておきましょうか?」
 重要な情報を教えてくれた奥さんの親切は有り難いものでしたが、彼女自身に何か悟られるようなこと言ってもらうのは困りました。 「いえ、いえ。今から行ってみますので、それには及びません」
 そう言って、私は教えられた道を歩き始めました。 ところがなんと、五十メートル程行くと、前から当の彼女がこちらへ向かって歩いてきているではありませんか!
 私はこの依頼を受けてから半年以上も、彼女の写真を見続けていましたから、遠目でもすぐに彼女だということは分かりました。
 その日は小雨が降っており、私は傘をさしていました。彼女の姿を見つけると、思わず「ウッ!」と思って、私は傘で自分の顔を隠しました。しかし、よく考えると、私は彼女のことをよく知っていても、彼女自身は私のことをまるで知らない訳で、隠れる必要はなかったのです。
 彼女は私とすれ違うと、そのまま八百屋に入りました。奥さんが私が彼女のことを今しがた尋ねて来たと言いはしないかと気になりましたが、彼女はすぐに店から出てきて、そんな話をしている様子はありませんでした。
 私は再び彼女が通り過ぎるまで物陰に隠れていました。そうして、追尾が気づかれない距離になるまで待って、尾行を始めました。
 彼女は八百屋の奥さんが教えてくれた角を曲がると、五、六軒目の家に入っていきました。
 彼女が家に入ったのを確認すると、私はその家をもっとよく見ようと近づいていきました。ところが、ちょうど私が家の前に来た時、突然、また彼女が家から出てきました。その時、私達は目が合ってしまったのです。
 私はまずいなと思いました。先程すれ違った時は何ら問題がない訳ですが、同じ人間が時間をおいてまた現れたならば、警戒心が強い人物なら何かを感じるはずです。
 それでも、私は素知らぬ顔をして通り過ぎ、かなり離れてから、大阪で待機している依頼人に電話を入れました。間違いなく彼女のいる所が確定できたことを伝えたのです。そして、こう付け加えました。
 「彼女は私を二度も見ていますので、勘が良ければ、今夜に動く可能性があります。私なら夜中に逃げますねぇ」
 依頼人は「それならそれで仕方がない。とりあえず、明日の朝一番の飛行機で、弟と共にそちらに向かう」と答えたのでした。
 その夜、私は彼女の動きが気になりましたが、夜中に交替もなく、一人で張り続けるのは却って不審人物と間違われる可能性が高いので、いたしかたなくホテルに戻ったのでした。
 そして翌日、朝一番に彼女の部屋の様子を見に行ったのでした。
 そこで、私はひと安心しました。というのも、外から見る限りでは、部屋は荷物を運び出した気配がなく、前日とは何ら変わりなかったからです。
 私はその足で福岡空港に向かい、依頼人と仲人をしたという彼女の叔父さんを出迎えました。 二人に状況を説明し、夕方、私達は再び彼女の部屋に出向きました。そして、彼女が帰ってくるのを待ったのでした。
 ところが、いくら待っても彼女は帰ってきません。昨日、私が彼女を見かけた時刻はとっくに過ぎ、もう午後の八時近くになっていました。依頼人は、彼女を捕まえたら、すぐにその足で新幹線に乗り、今日中に大阪へ連れて帰りたいと言っていました。しかし、これではもはや新幹線に乗ることはできませんでした。
 私達はじりじりとして、彼女が現れるのを待っていました。すると、八時半が過ぎた頃、車に乗って彼女が帰ってきたのでした。運転していたのは彼女自身で、一人でした。
 彼女は運転席から降りると、車のエンジンをかけたまま、家の中に入っていきました。
 私は彼女が父親の姿を見つけて慌てて車で逃げると困ると思い、とっさに駆け寄り、車からキーを抜き取りました。依頼人と叔父さんは私が叫んだ「帰ってきた!」という声で、私の後ろから家の方へ向かって走ってきています。ところが、依頼人は少し足が悪くて、すぐには車のところにはたどり着けませんでした。
 私が車のキーを抜いた途端、彼女が家から出てきました。そして、キーを取っている私を見て、車泥棒とでも思ったのでしょう。
 「いや、あんた! 何してんの!」
 そう言って、彼女は私に詰め寄ってきました。私は依頼人に「早く!」と呼ぶこともできません。彼女が気づいて逃げ出しては、走って追いかけて捕まえるのも、また大変だからです。
 彼女がまさに私の胸ぐらを掴まんとした時、依頼人と叔父さんが車の所にやっとやって来ました。彼女は私が抜き取ったキーに気を取られて、二人が後ろに来たことさえもまだ気づいていませんでした。
「お前は、なんてことしたんや!」
 前日から降っていた小雨のために持っていた傘で、突然、依頼人が彼女を殴り始めたのでした。
これまで捕まえられそうになっては逃げられ、ほぼ一年近くもかかった捜索への心労と彼女への心配が高じてか、依頼人は持っていた傘で彼女を殴り続けていました。
 「お父さん! まあ、まあ・・・」
 私は二人に割って入り、依頼人を押し止めました。 「もう、その辺でいいでしょう。とにかく、話をされないことには埒があきません」
 すると、彼女がこう言い出しました。
 「お父ちゃんが怒るのは分かる。私もいずれきっちりと話しせなあかんと思っていたから。でも、この車、人の物やから、返しにいかんとあかんから……」
 私は彼女を一人で行かせてはまずいと思い、「じゃあ、お父さんも叔父さんも乗って下さい」と促し、彼女にキーを渡して車に乗り込みました。
 着いたのは十分程行った所の寿司屋でした。そこには、駆け落ち相手の男性と友人らしき人が数人がいました。
 依頼人は男性を見るなり、「お前のお陰で!」と叫びながら、またもや持っていた傘で彼を殴り始めました。
 男性は何の抵抗もせず、依頼人に殴られ続けていました。
 それを見た寿司屋の大将は「警察を呼べ!」と騒ぎ始めました。しかし、「これは身内の話や!」と私が一喝すると、彼は黙ってくれたのでした。
 私は再び「話し合わないと殴っていても仕方がない」と依頼人を促し、依頼人や彼女達を二人の家へ戻しました。
 何時間も話し合ってもらった結果、とりあえず彼女は大阪へ戻ることになりました。ご主人とも今後のことをきっちり話をしなければならないし、ローンが残っている家の名義変更についても彼女の印鑑が必要だったからです。
 彼女はその話が決着すれば、すぐに北九州に残る彼の元へ戻るつもりでした。しかし、依頼人は彼女を一旦大阪へ連れ戻したならば、二度と外へ出さないつもりであるのは私の目からも明らかでした。彼の方と言えば、終始黙ったままでした。 依頼人は翌朝の新幹線を待ち切れず、このままタクシーで大阪へ帰ると言い出しました。私も翌朝まで待っていて彼女の気持ちが変わっても困ると考え、すぐにタクシーを呼んだのでした。 こうして、彼女はほぼ一年ぶりに大阪へ戻ることになりました。
 ほぼ1年がかりの捜索で、やっと彼女を見つけることができ、北九州から大阪までタクシーで帰ってきた私達。依頼人から電話が入ってきたのは、その二日後でした。
 「いやぁ、佐藤さんには本当にお世話をかけました。娘とは今、婿も混じえてボツボツ話し合いをしています」。そして、こう付け加えました。「お恥ずかしい限りですが、佐藤さんが言ってはったように、内通していたのは家内やったんですわ」
 そんな風に報告してくれたのでした。
 一件落着でホッとしたものの、私は彼女とご主人、そして駆け落ち相手の男性の奥さんの、それぞれの人生を想わずにはいられませんでした。

<終>

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