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飼育係さんの人間性に惹かれて(2) | 秘密のあっ子ちゃん(96)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。 

 彼がわざわざ大阪のミナミまで出向いてくれるというので、私は大喜びで彼と会ったのでした。何しろ初対面ですし、もともと気の弱い?私は初めは緊張していましたが、時間が過ぎるにつれて、私達の話は大いに盛り上がりました。
 その日、彼は京都に戻らず大阪に一泊すると言うので、私達は夜遅くまで、タイについてだけではなく、彼の本来の研究課題であるサルについての話やお互いの将来の夢まで様々なことを語り合いました。その中で特に印象深く、今も記憶に残っているのは、彼がサルを追ってアフリカのサバンナに滞在している時、象の大群が一斉に突進してくるのに遭遇した時の話です。彼は数々の経験をした中で、その時のことが一番恐怖に感じたと話していました。
 翌日は午前10時に天王寺動物園で待ち合わせ、私は増田さんの専門であるサルについての「講義」を、オラウータン舎やゴリラ舎の前で受けたのでした。彼の説明は「さすがに」と言うべきもので、私はいちいち頷いて聞き入ったものです。
 三日後、増田さんはタイへ出発していきました。
 その後、私達は何通かの手紙のやりとりをしました。 彼の赴任地はチェンマイからジープで約5時間程の山岳地帯で、彼宛の手紙はチェンマイ大学気付でないと届きませんでした。彼は月に一、二度、チェンマイ大での会議がある時に日本からの郵便物を受け取っていました。
 ロイヤルプロジェクトに参加するため、増田弘さんがタイの山岳地帯に赴任した後、私は恒例のタイ行きをいつものバンコク、プーケットではなく、チェンマイに行くことに決めました。 タイ国内線が混んでいたため、バンコクーチェンマイ間の飛行機の予約が取れたのは出発直前になってのことでした。
 日も間近に迫っては増田さんには連絡が取れにくいのは分かっていましたが、私は一応チェンマイ着の日時をチェンマイ大学気付で連絡を入れておきました。彼がタイに行ってから一年余り、元気で頑張っている姿を見たいのは山々でしたが、会えなければしかたないという気持ちでした。
 その日、私達一行三人がチェンマイ空港の到着ロビーに着くと、そこに増田さんの姿がありました。
 たまたまその日の早朝、所用で久しぶりにチェンマイへ出てきて、私の手紙を読み、その足で空港へ駆けつけてくれたということでした。私が喜んだのは言うまでもありません。
 彼は今から会議があるというので、それが終わる頃に再度落ち合う約束をして、私達はチェンマイ観光に出かけました。
 夕刻、再び落ち合った私達三人と増田弘さんは、彼の「お勧め」というレストランで楽しいひとときを持つことができました。
 積もる話の中で、まず彼が言ったのは、「この店は高級すぎて、チェンマイへ出てきてもなかなか食べに来れない」ということでした。彼の話によると、山岳地帯での生活は日本円で5円か10円もあれば大抵のものが手に入るということでした。しかし、彼の任務である、地元の人々にとっては結構いい収入となり、唯一の換金作物である芥子をしいたけに転換させるのには、かなり気の長い説得が必要であるという感想を持っていました。また、ジープで5時間かかるチェンマイまでの道程では、今なお中国国民党の残党がいて、命がけであること、銃を突きつけられて身ぐるみを剥がされた経験が既に四、五回あるとも話していました。 尽きぬ話の中で楽しい時はあっという間に過ぎ、私達がバンコクへ帰る飛行機の時間となりました。空港まで送ってくれたのが、私が増田さんを見た最後となっています。
 というのも、タイから戻ってからも何通かの手紙のやりとりはしていましたが、その後、彼とは音信不通となっているからです。
タイから戻った後も私は増田弘さんとは何通かの手紙のやりとりをしましたが、そのうち連絡が取れにくくなり、今では音信不通となっています。ロイヤルプロジェクトがどうなったのか、そして彼が日本へ戻ってきたのか、今もタイにいるのかも分かりません。
でも、彼はおそらくまだタイにいるのではと私は思っています。最後にチェンマイで会った時、彼は赴任している村で恋人ができたと言っていました。もともと彼はタイに永住したくてロイヤルプロジェクトに参加した訳ですから、彼がその恋人と結婚して、今も芥子栽培をしいたけ栽培に転換するために奮闘していると、私は思っています。
増田さんとは今後余程の機会がない限り会うことはないと思いますが、私にとって彼との出会いはとても爽やかな思い出となっています。
その出会いがあったのも、元はと言えば、私が勇気を奮って、彼に生まれて初めての「ファンレター」を書いたからです。
ですから、今回の依頼人が、自然動物園の飼育係員の動物を思う優しい人柄に感激して連絡を取りたいと思ったことを、私は決して「おかしい」などとは思いませんでした。
 「仕事とはいえ、精一杯野生の動物の世話をしていらっしゃる姿はとても感動しました。お名前が分かったからと言って、どうこうするつもりはありません。ただ、機会があれば、また自然動物園に伺いたいと思っているだけです」
そう言って、依頼人(38才)は自然動物園の飼育係員について調べてほしいと依頼してきたのでした。
「それならば、自分で自然動物園に問い合わせればよいのに」というようなものですが、彼女としてはやはり恥ずかしいという思いが強かったようです。それに名前だけではなく、彼についてできるだけ詳しいことを知りたいと言うのでした。
私達は、まず彼の氏名を割り出し、それを基に側面調査を進めました。
彼女への報告は住所や連絡先を初め、彼がその自然動物園に長年勤務し、若い頃からの希望だった動物の世話に二十年近く当たってこられたこと、良いお子さんにも恵まれ、幸せな家庭生活を築かれて、仕事にも家庭にも充実した日々を過ごされていること、そうしたことを伝えたのでした。
彼女が大喜びしたのは言うまでもありません。
「いつか機会があれば」と言っていた彼女ですが、
「早速、もう一度自然動物園に出向く」と話していました。おそらく、先日の連休に、彼女は憧れの飼育係の人に再会し、野生動物について詳しい話を聞いたはずです。

<終>

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