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彼に届けてほしいもの(2)| 秘密のあっ子ちゃん(174)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

別れて三年。今年の二月まで電話をくれていた彼と連絡が途切れて、プレゼントを渡してほしいと依頼し てきた彼女の目的は、彼とよりを戻したいということではありませんでした。 手紙は続きます。
『・・・連絡が途切れて、普通それだけならこだわらな いのですが、この七月、関西出張の際、梅田駅で彼らしい人を見かけたのです。声をかける間もなく、その 人は人混みに消えていきましたが、その後とても気になるのです。というのも、私は十一月にはボストンへ留学し、その後ひき続き向こうで研究室勤務となります。そうなると、多分、もう彼には会えないと思うのです・・・』
彼女はこれまでもイギリスやドイツに留学しています。勉強のためといっても慣れない海外の生活に踏み出し、今の職業を選ぶことができたのも、彼の理解とアドバイスと励ましによるものでした。
彼女は『今の自分があるのは全て彼のお陰』と思っています。ですから、彼女 は、海外へ立つ前にせめて自分の感謝の気持ちを伝えたかったのでした。しかも、あれこれ連絡を取り合うつもりはなく、小包に入 れられていた感謝の気持ち としての財布とキーケース が彼の手元に届けばそれで満足だったのです。

依頼人のボストン留学の出発までにと、私達がやっとの思いで住所を判明させた当の彼は、『明日、引っ 越しする』と言うではありませんか!絶句しそうになりながらも、私は『できたら、彼女 が出発するまでにお渡ししたいんですが・・・』と言いま す。
『引っ越したあとしばらくはバタバタしますし、うん・・・』と彼。
『もう、引っ越しの準備はお済みになられたのですか?』
『ええ、だいたいは』
『それでは、今からお伺いします』私はもはや有無 を言わせない調子で言った のでした。 時刻は午後七時半をすぎていました。一時間あれ ば、彼の家に着くはずで す。
チャイムを押すと、すぐに彼が出てきてくれまし た。なかなかの好青年で す。
『わざわざ有難うございました。彼女はいつ出発するのですか?ボストンの住所は分りますか?クリス マスカードぐらいは出した いと思っています』
彼はそう言いました。
帰りの駅までの道すが ら、私はもうすぐ満月になりそうな月の光がまっすぐに私の身体の上にさし込ん でいるような、そんな感覚に捕らわれながら歩いていました。

<終>

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