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板前修業を支えてくれた人(2) | 秘密のあっ子ちゃん(78)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 彼女が再婚して九州へ帰った後も、依頼人とはしばらくは手紙のやりとりをしていました。しかし、それも間が空くようになり、いつしか途絶えていきました。 それから何年かの月日が流れ、彼も一人前の板前となり、修業時代と同じ北陸の地で小さな店を持てるようになりました。その時、彼は手紙を出していた九州の彼女の嫁ぎ先の住所を訪ねていきます。しかし、そこは更地になっていて、彼女の行方は分かりませんでした。彼は彼女の所在を探すのは無理だと諦めきっていました。
 それが三年前、当社の記事を見た途端、三十年前の記憶が鮮明に蘇ってきたのでした。
 「ここなら、探してくれるかもしれない」
 彼はそう思ったと言います。しかし、実際に当社に依頼するのはそれから三年の月日が経っていました。 「いつか、あの時のお礼を言いたいと思っていました。ちゃんと一人前になった姿も見てもらいたいですし…。だけど、店の方が手を離すことができず、今頃になってしまいました。まだ元気でいてくれればいいんですが…」
 彼は自分と彼女に言い訳するようにそう言ったものです。
 スタッフは彼女の調査を急いで始めたのでした。
 「私より十四才年上ですから、今は六十四才になっていると思います。まだお元気だと思いますが、お元気なうちにあの時のお礼と一人前になった姿を見てもらいたいと思います。もし、今苦労されているのなら、お世話になったお返しもさせていただきたいとも思っています」
 彼のたっての要望で、調査は大至急で進められました。
 ですが、その結果は残念なことに、彼女は四年前に肝臓病のために亡くなっておられたのでした。
 「そうですか。亡くなられているんですか」
 彼の表情には明らかに無念の思いが表れていました。 「いつか、いつかと思っているうちに、三十年もそのままにしてしまいました。まさか、そんなに早くに亡くなられるとは…。結局、お礼の一言も言えずじまいになってしまいました」
 彼はそう言って肩を落として帰っていきました。
間に合った人、間に合わなかった人、出会いと再会の感動と機微、私はこの仕事をしていて、いつも人生の巡り合わせの不思議さをつくづくと感じさせられるのです。  

<終>

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