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役者の卵時代に(2) | 秘密のあっ子ちゃん(92)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

以前所属していた劇団の公演チラシの中にもぱったりと彼の名前を見ることがなくなった彼女は、今、彼がどうしているのかとても気になり始めました。あの当時、まだ端役しかもらえなかった彼でしたが、それでも小さいながらも彼の名前はパンフレットに刷り込まれていたものです。
「もう役者になるのは諦めて、演劇の世界にはいないんやろか?」
「今、どんな暮らしをしているんだろう。元気なのかしら?」
そんな思いばかりがよぎってくるのでした。
今年の正月、彼女は職場においてあった雑誌で当社のことを知ったと言います。半年が経った夏の初め、彼女は人探しの調査依頼で当事務所へやってきました。
彼女が彼について知っていたことは四点でした。一つ目は、当時彼が住んでいた下宿先の住所と電話番号。二点目はもちろん二人が所属していた劇団名。三点目は、その劇団に彼が所属する前に通っていた演劇スクールの名。そして最後は、彼の出身地が長野県ということでした。
そのうちの一つである、彼と依頼人が当時所属していた劇団には彼女自身が問い合わせていました。しかし、その劇団は既に潰れていたのです。また、以前に聞いていた彼の電話番号へも彼女はかけてみていました。が、それもまた、「現在使われていません」という案内が流れているだけでした。
ですから、残る手掛かりは彼が劇団に入る前の演劇スクールと彼の出身地である長野県を探すということだけしかありませんでした。 私達はまず演劇スクールに向かいました。しかし、返答は素気ないもので、「プライバシーの保護のため、個人的なことは一切お答えできません」とのことでした。
やむなく、私達は長野県全域の彼と同じ苗字のお宅へ軒並みに電話をかけて、実家を探し始めました。しかし、これがかけどもかけども彼の実家に当たりません。
業を煮やしたスタッフは、再度演劇スクールに出向きました。今度は「プライバシーの保護のため」と言われても、そう易々と引き下がる訳にはいきません。スタッフは粘りに粘りました。ここで回答を得ることができれば、当てのない長野県全域の彼と同じ姓のお宅を当たる必要がなくなります。
スタッフの粘りが功を奏したのか、スクールの事務員さんはこう言ってくれたのでした。
「そこまでおっしゃるのなら、一度理事長に聞いておきます。また後日お越し願えますか」
四日後、スタッフは三たび演劇スクールに向かいました。
例の事務員さんはこう言ったのです。
「お探しになっておられるご理由は本当のことのようですし、あなたの熱意に免じて、あくまでも『特例』ということで、理事長から許可を得ました」
スタッフは内心「やった!」と叫んだと言います。もちろん、判明させれた喜びもさることながら、あの「地獄の軒並み電話」から解放されるという嬉しさが本音のようであったらしいのですが…。
こうして、彼の居所が分かってきました。
彼は依頼人と共に所属していた劇団が潰れた後は別の劇団に移り、今も俳優を目指して頑張っていたのでした。そして、そのことをスクールの恩師にきちんと報告していました。
彼は演劇アカデミーの恩師に折々の季節の挨拶ばかりではなく、きちんと移籍した劇団名も報告していました。
そのお陰で、私達は彼の現況を知ることができたのでした。私達は早速、教えてもらった劇団に連絡を取りました。
「ええ。彼は元気に活躍されていますよ。ただ、まだあまり役がついていませんし、アルバイトをいろいろされている関係上、事務所へは仕事のある時しか来られません」
劇団の事務の女性はそう教えてくれました。彼は今も役者を目指して頑張っていました。しかし、まだまだ芽は出ていないようです。 そのことを依頼人に報告すると、彼女は感慨深げにこう言いました。 「今も夢を捨てずに頑張っているんですねぇ…。私で何か力になれることがあれば、是非とも応援したいです」
彼女は劇団の事務の女性が教えてくれた彼の今の下宿先にすぐにでも電話をかけてみるつもりだと言いました。
それから三週間が経ちました。再び依頼人から入った連絡によると、二人は東京で再会し、懐かしい思い出話とこれからの夢を語り合い、楽しい時を過ごしたとのことです。

<終>

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