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海外旅行での出会い(1) | 秘密のあっ子ちゃん(99)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。 

 多くの人が海外へ出向くようになった現在、その中での出会いも数多く生まれています。海外旅行先でお世話になった地元のおばさん、飛行機に偶然乗り合わせて言葉を交わした男性、言葉が通じず困っている時に助けてくれた在留邦人の女性などなど…。
 今回はそうした海外旅行で一つの出会いをした女性のお話をしましょう。
 彼女は二十七才。独身OLです。
 彼女は学生時代から中南米に対して非常な興味を持ち、これまでにメキシコやブラジルには二、三度足を運んでいました。特にリオのカーニバルとアマゾン川の景観は圧巻だったと言います。
 今度、彼女は是非ともペルーやエクアドルに行きたいと思っていました。というのも、遺跡とガラパゴス諸島のイグアナだけは生涯に一度でいいから見ておきたいと思っていたからです。 昨年の夏、彼女はペルーへ行くための計画を立て始めました。
日程は、向こうが寒くない時期で、なおかつ年末年始の混みあわない頃を選び、十二月中句に決めました。彼女はこのペルー行きのために有給休暇をためていました。
 彼女は依頼に訪れた時にこう語っていました。
 「驚きました。私が日本へ戻ってきた翌日に、あのトゥパク、アマルによる日本大使館公邸の人質事件があったのですから」
 それはさておき、彼女は南米大好き人間であるため、スペイン語を少しは習っていましたが、一人で旅行できる程の語学力はありません。そこで、不慣れなペルー旅行にはパック旅行に参加することに決めました。旅行社の説明によると、この旅行には添乗員が随行してくれるというので、それも安心の材料となりました。 それに説明をしてくれたのは、その旅行社のラテンセクションの、二十代後半の、なかなかハンサムで爽やかな感じの男性でした。 出発当日、空港に集合した時、彼女は「アッ」と驚きました。一緒に同行してくれる添乗員とは彼本人だったのです。
 ほんの少し浅黒くてほんの少し彫りが深い添乗員の彼を、彼女はてっきり日本人だと思い込んでいました。流暢な日本語を話し、日本から同行してきた旅行社の社員だったからです。厳密に言えば、日本人にあることは間違いないのですが、まさか日系ペルー人とは想像もしていませんでした。 「日本に来られて長いんですか?」
 彼の返答に絶句していた彼女は、やっとそんな風に尋ねました。
 「五年になります。日本の親戚のつてで旅行社に勤められたお陰で、こうして年に何回かペルーに戻ることができるんです。会社が配慮してくれて、ペルーへの添乗はよく僕を行かせてくれるんです」
 「そうですか。で、今回、ご両親にはもう会われたんですか?」
 「ええ。昨日、皆さんを食事にお連れした後、少し実家に顔を出しました。年に何度か、こうして帰るので、両親も喜んでいますよ」 「でも、恋人と離れ離れだと淋しいでしょうね?」 今度はそんな風に聞いてみました。
 「恋人なんかいませんよ。恋人を作るなら、日本の女性がいいなぁ。ハハハ」
 その返答とその笑顔に彼女はドキマギし、 彼女は自分がその“恋人”に指名された訳ではないことを重々承知していましたが、より一層彼を意識したのでした。
 「日本にはいつまでおられるんですか?」
 「当分は。できればずっと日本で暮らしたいと思っているんです。でも、一度スペインにも行ってみたいんです」
 「スペインにはまだ一度も?」
 「いえ。旅行とかこんな風な添乗とかでは二、三度あるんですが、できれば一、二年、スペインで過ごしてみたいんです。だけど、今、会社の方が忙しくて、なかなか休職というのが取れないんです」
 「そう…」
 彼女は先程の彼の答えの方が気になって、彼の母国ペルーを十九世紀初頭まで支配していたスペインで暮らしてみたいという話を真剣に聞いていませんでした。 「さあ、他の方達の所へ行きましょう」 彼に促されて、彼女はツァーのメンバー達が写真を撮っている広場の中心に歩き始めました。
 依頼人達はリマの後、ナスカの地上絵やマチュピチュの遺跡、インカ帝国の首都だったクスユを見て回り、十二月十七日に日本へ戻ってきました。 関空での別れ際、彼女は口まで出かかっていた再会の打診を言えずじまいなってしまいました。彼に対してツアーの他のメンバーが口々にお礼を言っていたということもありましたし、彼の屈託のない明るい笑顔を見ていると、意識しているのは自分だけであると思われたからでした。
彼女は一週間はがまんしていました。しかし、どうしてももう一度会って、話がしてみたいという想いを消すことができませんでした。
 旅行でお世話をかけたお礼や、日本大使館公邸の人質事件に彼の知り合いの人が巻き込まれていたならば、そのお見舞いを言おうと、彼女は意を決して彼の職場に電話をかけました。
ところが、なんと彼は旅行からも戻ってきた二日後に退職していたのです。

<続>

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