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家出中の彼女と出会って・・・(1) | 秘密のあっ子ちゃん(109)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 その日、彼(31才)は一旦帰宅した後、所用で近くに住む兄の家へ向いました。時刻は午後八時を過ぎていました。
 田畑の中を貫くように走る国道をゆっくりとしたスピードで車を進めていると、街頭もない真っ暗なその国道の脇を若い女性が一人歩いているのが目に入ってきました。
 「こんな所を若い女が一人で危ないな」彼はそう思ったのです。そこは国道と言っても通る車の数も少ない、時折暴走族がタムロしている場所でした。 
 兄の家で小一時間程時間を過ごし、来た道を取って返していると、先程の女性がこちらに向ってまだ歩いて来ています。
 彼は車を停めました。
 「姉ちゃん、こんなとこ、一人で歩いていたら危ないで。どこへ行くんや」
 彼女は二十才前後でした。白いワンピースに、つっかけを履いていました。それに、バックも荷物も何も持っていず、手ぶらでした。
 「別にあてはない」
彼女はぶっきら棒にそう答えました。
 「えっ?!家はどこやねん?」
 「家?家はナガノ」
 「長野!?それが何で今ごろこんなとこにおんねん?」彼は尋ねました。
 「家出してきたのよ」
 彼女はまるでスーパーへ買物にでも出てきたかのように、「家出」と答えたのでした。 
 「家出?!荷物は?金は持ってんのか?行く当てもなしに、どうするつもりやったんや?」 
 彼は彼女が手ぶらであるのを見て取って、そう立て続けに尋ねました。
 「いつも家出する時は荷物なんか持って出ないわ。頭に来たから、帰らないだけよ」彼女は再び平然とそう答えました。
 「『いつも』って、家出は初めてと違うんか?」
「そうね…。四回目くらいかな」
「四回目?!」
 彼は珍しく沸き起った自分の親切心が、思いも依らぬ女と関わらせてしまったことに驚いていました。確かに若干の下心があったということは否定できませんが…。
 「で、今晩泊る所はあるんか?」彼は聞きました。 「ううん」
「ううんって、どうするつもりやったんや?」
 「そんなこと、どうにでもなるわよ」
 「お前、自分が女やということ忘れてるんと違うか?とにかく、すぐに家へ帰れ」
 「いやよ!絶対、家なんかに帰らない!」
 やむなく、彼はとにもかくにも彼女を車に乗せました。しかし、このまま自宅へ連れ帰る訳にも行きません。仕方なく、行きつけのスナックへ連れて行ったのです。もともと、兄の家からの帰りに少し立ち寄るつもりでいた店でした。
 ママは彼女の状況を聞いて目を丸くしました。そして、彼女がカラオケに熱中している間に、こう忠告したのです。 
 「ダメよ、あんな子、拾ってきたら。どうするつもりなの?あの娘、自分では二十才だっと言ってるけど、未成年だったら後でややこしいことに巻き込まれるかもしれないんだから…。とにかく、早く家へ帰さないと」
  「帰すと言っても、もう電車はないし、今から長野まで車で送るのもしんどいしなぁ…」 
「いいわ。今晩はウチに泊めるから、明日朝一番に迎えに来て、間違いなく家へ帰してよ」
 ママはそう言ってくれたのです。当の本人の彼女は、二人の心配などお構いなしに歌いに歌いまくっていました。
 翌朝、彼は仕事の現場に出る前にママのマンションの前に車をつけ、クラクションを鳴らしました。
 すぐに、彼女とママが降りてきました。
 ママは彼女を車に乗せると、「いいわね。絶対に帰らせないとダメよ」再びそう念を押したのです。
 彼はその足でJRの駅へ向いました。そして、長野までの切符を買い、「いいか。もう二度と家出なんかしたらあかんぞ」と言いながら、その切符と一万円を彼女に手渡したのです。やがて、列車がホームに入ってきました。彼はふくれっ面の彼女を列車の中へ押し入れました。
 久しぶりに彼の回りで起った「事件」は、それで決着するはずだったのです。

<続>

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