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家出中の彼女と出会って・・・(2) | 秘密のあっ子ちゃん(110)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

ところが、一週間経ち、二週間経ってくると、本当に彼女が無事家に戻ったのか気になってしかたがなくなってきました。
「住所とか電話とかを聞いておけばよかった」と悔いました。毎日のように顔を出すあのスナックで、ママとも時折「あの娘、本当に帰ったのだろうか」という会話になりました。
彼は彼女が話していたことを思い出していました。高校を中退し、その後行った夜間高校も退めたと言っていた彼女。その間に二回の家出をし、夜間高校にいた時の家出は、一年間も北海道でチリ紙交換をしていたと言っていた。それから、家に舞い戻ってからは、父のつてで身内だけでやっている小さな会社に勤めたとも言っていた。三回目の家出はその会社の奥さんと喧嘩して暴言を吐き、こっぴどく父に叱られた時だ。今回の家出は、自分の部屋にいると何か悪いことをしているかと思われて、父に責められたからだと言う。聞くと、働きもせず、家でブラブラしていたことが原因らしい…。
彼は彼女の話をあれこれと思い出してみるのですが、結局、彼女の家を特定するような内容を見つけることはできませんでした。
彼は長野市の電話帳を繰ってみました。そして、百軒近くある彼女の姓の家に、片っ端から電話を入れてもみました。しかし、彼女の家はありませんでした。
その時、彼は昔、何かの記事で見た「初恋の人探します社」という探偵社を思い出したのです。104番で電話番号を知ると、すぐに電話を入れました。
これまでの状況をひと通り説明し、いざ人探しを依頼しようと思った時、思わず「こんな場合でも、本当に見つけることができるんかぁ?」という言葉が口を衝いていました。
そう依頼人に言われて、私としてはおいそれと引き下がる訳にはいきません。
電話帳に載せていない彼女と同姓の家を住宅地図でピックアップし、一軒一軒訪ね歩き回りました。
何十軒目かで、彼女の家は見つかりました。
ところが、私達が訪ねた時、彼女はまたもや家出していたのです。
両親ももう諦めて放っているような雰囲気でした。 「どうしようもないヤツです」お父さんは少し腹立しそうにそう言いました。 しかし、彼に切符と一万円を貰い、「二度と家出なんかするな」と言われたその時は素直に帰ってきたようです。
私は分かってきた内容をそのまま報告書に書き、彼に送りました。それっきり彼から連絡はありません。  彼女が一旦は素直に家へ帰り、自分の責任は果したとほっとしたのか、それともあれほど二度と家出などするなと言っておいたのに、すぐにまた家を出たという事実を知ってがっかりしたのか…。
今ごろになって、私はその報告書を見た彼がどう思ったのだろうかと気になっています。

<終>

家出中の彼女と出会って・・・(1) | 秘密のあっ子ちゃん(109)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 その日、彼(31才)は一旦帰宅した後、所用で近くに住む兄の家へ向いました。時刻は午後八時を過ぎていました。
 田畑の中を貫くように走る国道をゆっくりとしたスピードで車を進めていると、街頭もない真っ暗なその国道の脇を若い女性が一人歩いているのが目に入ってきました。
 「こんな所を若い女が一人で危ないな」彼はそう思ったのです。そこは国道と言っても通る車の数も少ない、時折暴走族がタムロしている場所でした。 
 兄の家で小一時間程時間を過ごし、来た道を取って返していると、先程の女性がこちらに向ってまだ歩いて来ています。
 彼は車を停めました。
 「姉ちゃん、こんなとこ、一人で歩いていたら危ないで。どこへ行くんや」
 彼女は二十才前後でした。白いワンピースに、つっかけを履いていました。それに、バックも荷物も何も持っていず、手ぶらでした。
 「別にあてはない」
彼女はぶっきら棒にそう答えました。
 「えっ?!家はどこやねん?」
 「家?家はナガノ」
 「長野!?それが何で今ごろこんなとこにおんねん?」彼は尋ねました。
 「家出してきたのよ」
 彼女はまるでスーパーへ買物にでも出てきたかのように、「家出」と答えたのでした。 
 「家出?!荷物は?金は持ってんのか?行く当てもなしに、どうするつもりやったんや?」 
 彼は彼女が手ぶらであるのを見て取って、そう立て続けに尋ねました。
 「いつも家出する時は荷物なんか持って出ないわ。頭に来たから、帰らないだけよ」彼女は再び平然とそう答えました。
 「『いつも』って、家出は初めてと違うんか?」
「そうね…。四回目くらいかな」
「四回目?!」
 彼は珍しく沸き起った自分の親切心が、思いも依らぬ女と関わらせてしまったことに驚いていました。確かに若干の下心があったということは否定できませんが…。
 「で、今晩泊る所はあるんか?」彼は聞きました。 「ううん」
「ううんって、どうするつもりやったんや?」
 「そんなこと、どうにでもなるわよ」
 「お前、自分が女やということ忘れてるんと違うか?とにかく、すぐに家へ帰れ」
 「いやよ!絶対、家なんかに帰らない!」
 やむなく、彼はとにもかくにも彼女を車に乗せました。しかし、このまま自宅へ連れ帰る訳にも行きません。仕方なく、行きつけのスナックへ連れて行ったのです。もともと、兄の家からの帰りに少し立ち寄るつもりでいた店でした。
 ママは彼女の状況を聞いて目を丸くしました。そして、彼女がカラオケに熱中している間に、こう忠告したのです。 
 「ダメよ、あんな子、拾ってきたら。どうするつもりなの?あの娘、自分では二十才だっと言ってるけど、未成年だったら後でややこしいことに巻き込まれるかもしれないんだから…。とにかく、早く家へ帰さないと」
  「帰すと言っても、もう電車はないし、今から長野まで車で送るのもしんどいしなぁ…」 
「いいわ。今晩はウチに泊めるから、明日朝一番に迎えに来て、間違いなく家へ帰してよ」
 ママはそう言ってくれたのです。当の本人の彼女は、二人の心配などお構いなしに歌いに歌いまくっていました。
 翌朝、彼は仕事の現場に出る前にママのマンションの前に車をつけ、クラクションを鳴らしました。
 すぐに、彼女とママが降りてきました。
 ママは彼女を車に乗せると、「いいわね。絶対に帰らせないとダメよ」再びそう念を押したのです。
 彼はその足でJRの駅へ向いました。そして、長野までの切符を買い、「いいか。もう二度と家出なんかしたらあかんぞ」と言いながら、その切符と一万円を彼女に手渡したのです。やがて、列車がホームに入ってきました。彼はふくれっ面の彼女を列車の中へ押し入れました。
 久しぶりに彼の回りで起った「事件」は、それで決着するはずだったのです。

<続>

書店員さんとお話したい(2) | 秘密のあっ子ちゃん(108)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 「ゆっくりお話ししたいので、お茶に誘っても迷惑がかからないか、彼女に聞いてみてほしいのですが…」
 彼の依頼はこういうことでした。
 当社にはマッチメイキングサービスというのがあって、要請があればコンタクトの代行も行います。
 通常は少ない手がかりの中から、苦労に苦労を重ねた上で所在を判明させ、その上でコンタクトを取ることが多いです。ですから、私は思わず、「そのことを聞くだけでいいのですか?」と念を押してしまいました。 「彼女に迷惑がかからないということが分れば、あとは自分で言いますので…」彼はあくまでもそれだけで結構だと言います。そして、律義な性格の彼らしく、彼女が不審がって様々な質問をしてくる場合に備えて、自分の経歴と家族構成まで私に伝えたのでした。
 彼女の反応はかなりいいものでした。もちろん最初は突然のこと故、随分驚いていましたが、「そんなに気を使っていただかなくても、コーヒーを飲むぐらいなら…」という返事だったのです。
 彼はその話を聞くと、大喜びで、「じゃあ、今日帰りに寄ってみます」と言いました。
 ところが、翌日、彼からまた電話が入ったのです。 「ちょっと様子がおかしいので、もう一度彼女に連絡を入れてほしい」と言うのです。聞くと、退社時間を待って喜び勇んで一階の書店に行くと、彼女は彼の顔を見るなり、奥へ引っ込んででしまって出てこなかったと言います。声をかけれるような雰囲気ではありませんでした。
 私が再び彼女に電話を入れると、昨日の対応と打って変わっていました。
 「店内でのお話は結構ですけれど、外でのおつきあいはしないことにしていますので…。お心は本当に嬉しく思いますが、昨日、私があんな風に言いまして、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。彼には私の方から直接謝らせていただきます」
私は「昨晩、あれこれと考えて、構まえてしまったな」と感じていました。
 彼女から彼のオフィスへ電話が入ったのは、その日の夕刻でした。
 「今日、お仕事が終わり次第来ていただけますか?」というものでした。
 終業後、書店に彼が顔を出すと、店には彼女一人だけが残っていました。彼女はシャッタ-を閉めながら、「少し待って下さいますか?…片付けますから…」そう言いました。そして従業員用のコーヒーを彼に勧めながら、「何故、ご自分でおっしゃらずに、人に頼まれたの?」と尋ねたのでした。  
 「いや、それは…」彼は自分の真意を判ってもらおうと懸命に弁明しました。 彼女は押し黙ったままで、彼の言葉が途切れると重苦しい沈黙が流れました。その沈黙を打ち消すように、彼がまた話し出します。
 彼女はくすっと笑って言いました。
 「直接話して下さればよかったのに…」
 それからはとんとんと話が弾んだのでした。
 彼女との話がやっと弾んできました。
 「今週の日曜日のお昼ごろ、空いている?逢いたいのだけれど…」
 彼は自分の気持ちをぶつけるように言いました。彼女は「ええ」と頷づきました。
 「フランス料理でいいですか?」
 「どこのお店?」
 彼は行きつけのフレンチレストランの名を告げました。
 「そこなら知っているわ。予約しましょうか?」   「そうだな」
 彼女はすぐに受話器を取り上げ、予約を入れたのです。
 約束の日曜日の昼下り、二人は絶品のフランス料理を楽しみながら、書物についてはもちろんのこと、思いつく限りの話題に花を咲かせて、その午後を過ごしました。そして、ひと月後の日曜日に再び会う約束を交わして、初めてのデートは終りました。
 別れ際、彼は「ありがとう」と言いながら、自分の手を差し出しました。彼女の手がすっと、そしてそっと握り返してきました。
 今、彼は同じ仕事、同じ仲間、同じ風景の中で、以前とは全く違う張りを感じながら日々を暮らしています。

<終>