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名前の分からない彼女(1)| 秘密のあっ子ちゃん(146)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

当社に人探しの調査を依頼されてこられる方のなかでも、二十歳代の人たちは、前回お話ししました中年の方とは異なり、男性・女性半々の割合で依頼しにこられます。

それも『思い出の人探し』ということよりも、「ひと目ぼれの人を探してほしい」とか「三回デートしたけれど、突然連絡がとれなくなった」という”現在進行形”が多いようです。

今年の四月にもこんな依頼がありました。依頼人は、東京在住の二十四歳の営業マン。三月初旬、彼は盛岡からの出張の帰り、東北新幹線に乗車していたそうです。仙台駅で若い女性が乗り込み、空いていた彼の隣の席に座りました。ふとしたことから二人の会話が始まり、上野駅へ着くまでの二時間あまり、話が大いに弾んだそうです。

二人は新幹線を降りると「じゃあ、お元気で」と行きずりの人に交わすごく普通の挨拶をして別れました。

ところが、それから三日ほどしてから、彼はどうにも彼女のことが気になって

仕方なくなってしまったのです。

こういうケースは結構よくあります。その時は何とも思わなかったのに、あとになって気になって仕方ないということが、です。

人というものは、「その時は何とも思わなかったのに、しばらくしてその人のことが気になって仕方ない」ということが多々あるようです。当社にもこうしたケースがかなり持ち込まれます。

が、手掛かりの少ない場合が多く、『もっときちんと聞いておけばいいのに』と思ったりするものです。(マ、そういうことがあるからウチの商売も成り立つのだけれども…)

今回取り上げる男性(24)の場合も、その時ばかりはこれといった感情を相手に抱いてなかったものですから、彼女の名前すら聞いてなかったのです。

仙台から上野までの新幹線の車中で二時間も、ずっと話をしていながらです。 分かっていることといえば、彼女は高校三年生でサッカー部のマネージャーを務め、卒業したら東京での就職が決まっている。その日は就職後の下宿先の親せきの家へ挨拶に向かう途中だ、ということ。それだけなのです。

調査するにはあまりにもあいまいな材料ばかり。

彼は彼で、自分なりに調べようと努力したそうです。しかし、この漠然とした材料ではどこから手をつけたらいいか分からず「困り切った」らしいのです。

人は『ひょっとすれば二度と会えないかも知れない』と思うと、余計思いが募るようです。会って三日も経ってから急に気になり出す。探し当てるにも目ぼしい手掛かりどころか、名前すら聞いていない。

「どう探せばいいのか…。分からない」

時が経てば経つほどますます『もう一度会いたい』という思いが強くなっていくる。仕事中も彼女のことが頭から離れなくなる。

ほとほと困り果てていた時、たまたま当社のことを知って急いで電話してきたという具合なのです。

<続く>

夫の家出の原因は・・・(3) | 秘密のあっ子ちゃん(145)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

大手証券会社に勤めるご主人の浮気が発覚すると、彼女はすぐ夫に離婚を申し入れました。

ご主人は初めのうちは言い訳をして離婚には同意しなかった、と言います。

しかし、彼女はあのおとなしさの中のどこにそんなエネルギーがあるのかと思われるほど決然とした態度をとったようです。そしてついに、「裁判も辞さない」という彼女の覚悟を知ったご主人が離婚届けにサインをしました。

その話し合いもついて三カ月も過ぎた今年の夏の盛りのこと。「近くに来たから」と来社した彼女を見て私はびっくりしました。まるで別人のようだったのです。私が彼女に会うのは、調査報告をして以来、初めてでした。

その後の経過もその時に聞いたものです。そこにいるのは、無表情の青白い顔をじっとうつむけていた彼女ではありませんでした。表情も豊かで、目も生き生きとして、こちらから質問もしないのにびっくりするほどよくしゃべります。また、よく笑うのです。私は思いました。彼女はご主人の浮気を前から分かっていたのだ、と。そして、それがよほどつらく、悲しかったのだろうと。

<終>

 

夫の家出の原因は・・・(2) | 秘密のあっ子ちゃん(144)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

『今日こそ会社を辞めてくる』と言って家を出たまま、一か月以上も自宅に戻らないご主人。そのご主人の件で調査依頼に来た若妻ではありましたが、彼女は全く口を開きませんでした。ただ、無表情にうつむいているだけ。

彼女に代わってもっぱら話を進めたのは付き添っていた父親。何と、ご主人は家にこそ帰らないものの、勤め先の大手証券会社にはちゃんと出勤しているというではないですか。

私はすかさず、「それでしたら奥さんが会社に出向かれて、ご主人に帰ってくるように直接、おっしゃればいいことだと思いますよ」と進言しました。

「ええ、昨年の大納会の日に出て行ったまま、正月も家に戻って来なかったようですので、娘に電話を入れさせたんです。すると婿は『会社を辞められ

なかったから帰れない』と言い訳したらしい」とお父さん。

「奥さんは、ご主人が証券会社にお勤めであるのを反対なのですか?」

「いいえ」と、またお父さん。

「娘は会社がいやだとかグチをこぼしたことはありません。昨年の秋ぐらいから突然婿の方から言い始めたらしいんです」

「ウーン、話のつじつまが合いませんねぇ」

「そうなんです。それで『今どこで寝ているの?』と娘が聞きますと、『独

身寮で一つだけ空き部屋になっているところで寝泊まりしている』と言うらしいんです」

何でも寮の友達に見られると具合が悪いから、朝早く出て夜遅くまで時間をつ書ぶし、寮に帰ると電気もつけずにそのまま寝てる・・・と。

「家内や娘は婿の言葉を信用しているのですが、私はどこかおかしいと思います。佐藤さんはどうでしょう?」

「そりゃあ、そんなんまるで嘘ですワ」。私はポンと突き放しました。以前にもよく似た依頼があったので、私は確信をもって言いました。「それは女ができているのだと思います」

話をしている間、彼女は相変わらず青白い顔に何の感情も出さず、ただうつむいたまま。奥さんには申し訳ないのですがと断りながら、「ご主人がおっしゃっていることは全く嘘」「女がいる」と私が断言しても、奥さんは何の反応も示さない。こうした場合、妻というものは逆上したり興奮したりするものなのに…。

私は「こんな無表情でこれまでよく夫婦の会話が成り立っていたもんだ」といぶかしくさえ思うようになりました。

結局、その日の彼女はただの一言も発せずに帰って行きました。彼女の主人の尾行調査はさほど難しいものではありませんでした。 彼は退社するとまっすぐ「女」のマンションに入っていきました。あとで分かったことですが、そのご主人の「女」とは彼の学生時代の後輩で、結婚する前からのつきあいだったようです。

<続>