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星に願いを(4) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
翌日、佳子は一度も信治の病室に顔を出さなかった。
ナース・ステーションにあいさつにいった時も、佳子の声は聞こえなかった。
信治は婦長に聞いてみた。
「あの、河端さんは?」 記事を読む

星に願いを(3) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 昼間の暑さが嘘のように心地よい風が吹き渡る夏の夜、そしてさわやかな空気が辺り一面を覆い、心まで澄みきっていくような秋の夜……。
 そのころには信治の視力はかなり弱くなり、星の瞬きさえほとんど見えなくなっていた。しかし佳子は、
「今日はすごくたくさん星が出ていますよ」 記事を読む

星に願いを(2) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 「もう、花の色も見られなくなるかもしれないなあ」
 梅雨に入り、しとしとと降り続く雨が病院の植え込みをぬらし、鮮やかなブルーの紫陽花に水滴をしたたらせていた。
 信治が入院して、ニケ月がたった。 記事を読む

星に願いを(1) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 目の前に広がる海は波がぶつかり合い、ところどころで白く泡立っている。
 雲一つなく晴れ渡った空の下、一万トンの貨物船「富士丸」は衣料品や雑貨を満載してインド洋を一路西へと進んでいた。
 シンガポールでいったん給油を済ませ、マラッカ海峡を通ってペナンに立ち寄った。後は、南アフリカのダーバン、ポートエリザベス、そしてケープタウンに寄港する。
 神戸からケープタウンまでは、およそニケ月の行程になる。最後の寄港地ケープタウンですべての荷を降ろせば、帰りにはケニアのモンバサに立ち寄り、鉱石を積んで日本へ帰る予定になっていた。
 信治は、二等航海士としてこの船に乗船している。 記事を読む

シャッターチャンスは一度だけ(2) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
突然、”黄色のTシャツ”の子が、誠司に向かってわからないところがあるから教えてくれと、英語のテキストを差し出した。英語は誠治の得意分野だ。彼女を教えながら、テキストの裏をそっと見てみたが、名前を書く欄は空白だった。
 一時間ほども話し込んだろうか。列車の時間にはまだだいぶあったが、店を出ると少女たちとは別れ別れになった。とうとう最後まで、誰も彼女たちの名前を聞かなかった。ナンパに慣れているはずの落合ですら聞こうとしない。
 「この子らとも今後かかわることはないだろう。大学一年の夏の旅行。そのいい思い出のひとつになるだけなんだから……」
 自分に言い訳するように、そう思った。 記事を読む

シャッターチャンスは一度だけ(1) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 丸二日間、鳥取の海岸でさんざん遊んだあと、今朝早いうちに砂丘に行った。風向きによって、その形を変える風紋や砂れんは、視覚にはたいそう神秘的ではあったが、歩くには踵まで砂に入りこむ足を一歩一歩抜きながらでないと前には進めない。すぐに太腿がきつくなる。
「砂丘を見るには見たんだから、もう行こう」 記事を読む

学生街の喫茶店(4) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
井本貴恵さんの希望は、
「田中さんのはっきりした住所がわかるまで、私の名前は伏せておいてほしい」
ということでした。たずね人の調査の結果、彼女が言う〝昭和六十一年K大法学部卒の田中さん″は二十二名いました。その中で、奈良市から通っていた人は四名です。
彼女の名前やシルクロードという店名を伏せて行う調査は、本人に直接確認を取ること
ができず、そこまでが限界でした。彼女はその四名でいいと言いました。一ケ月ほどして井本さんから再び連絡が入りました。 記事を読む

学生街の喫茶店(3) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
大学が夏休みに入ると、シルクロードに来ていた学生たちの足もばったり途絶えてしまう。田中のいるヒゲさんグループともしばらく御無沙汰になった八月のある日、当のヒゲさんから店に電話が入った。
「貴恵ちゃん、ヒゲさんたちが来週海へ行くんだって。店のみんなもどう?って誘ってくれてるのよ。私たちは行くつもりだけど、貴恵ちゃんはどうする?」
「私?うーん、引っ越しの用意もあるし、やめとく」
ほんの数日前に、貴恵の家は家業の都合で市内への引っ越しが決まっていた。だから「引っ越しの準備」で忙しくなるのは嘘ではない。しかし正直なところは、田中に自分の水着姿を見られるのが恥ずかしかったのだ。
買い物に行く約束はまだ果たされていなかった。いつ行くとも決めずに夏休みに入ってしまっていた。引っ越せばここのバイトもできなくなるだろう。しかしそれまでまだ一ケ月はある。
「もう一度ぐらいは店で会えるよ」 記事を読む

学生街の喫茶店(2) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 その時のことはよく覚えている。
 陽春の強い光を受けて、樹々の濃い緑がきらきらと光っていた。シルクロードの窓から見える通りを歩く学生たちには、そうした穏やかな春の午後がだるそうだった。
 カランカランとカウベルが勢いよく鳴り、十人ほどがドヤドヤと店内になだれ込んできた。
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学生街の喫茶店(1) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 関西でも指折りのマンモス校であるK大学前の喫茶店で、貴恵がアルバイトを始めたのは、十八歳、高校を卒業してすぐの春のことだった。
 喫茶店の名前は「シルクロード」。専門学校に通いながら働けるところを探していた時に、アルバイト情報誌で見つけた新装オープンの店で、自宅からもバイクで十五分ほどの場所にある。
「近いところがなにより」
 と面接に行き、即ウエートレスのバイトを決めてきた。 記事を読む