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愛と青春の旅立ち(3)

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
「今を逸しては時期は無い」
南の島々で日本軍の玉砕が数多く伝えられる状況下、義雄は史重を母と伯父に引き合わせた。
「あんたら、もう子供ができるような仲なんか?」
開口一番、伯父は史重の腹のあたりをジロリと見ながら言う。 記事を読む

愛と青春の旅立ち(2)

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 開戦の翌年、義雄は日直に替わり、正月三が日を事務所に詰めていた。
 元旦の朝、目立たないように、史重がおせちを持ってきてくれた。
「三日分には足りないかもしれないけど……、うちでついたお餅とお煮しめです。母がお口に合うかどうか、心配してました」
 史重はそう言うと、玉手箱でも持っているかのように大事に抱えた風呂敷包みを置き、すぐに帰っていった。 記事を読む

愛と青春の旅立ち(1)

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
「あー蒸し暑いっ!うだってしまう!」
義雄は官報をほうり出して、事務室から飛び出た。
事務室にあるたった一台きりの扇風機は、カタカタと奇妙な音を立てながら、室内で働いている会計主任や数名の職員たちにわずかばかりの風を送っていた。その生ぬるい風さえも、廊下側の一番隅にある義雄の席までは、まるで届かなかった。 記事を読む

太陽にみちびかれ(3) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
翌日、偶然にもより子たちは、流れの水をひそかに汲みにきた同僚の男子社員と出くわして、山中に潜んでいた会社の人間と合流することができた。その同僚に出会った時、どれほど救われた思いをしたことか。昨夜のあの特派員のろうぜきには、もう耐えられなかった。 記事を読む

太陽にみちびかれ(2) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 一週間後、隆は真っ白い布に包まれた四角い箱の中に入って、より子の元に戻ってきた。
任務遂行中に起こった不測の事政だった。トラックがブレーキの故障で岩に激突し、助手席にいた隆だけが即死だったという。隆が除隊予定になる、わずか一ヶ月前の出来事だった。
 主計室の隆の机には、子供の名前をいくつか書き散らしたメモが残されていた。 記事を読む

太陽にみちびかれ(1) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 平成元年三月二日、高橋より子は川口市の駅前に立っていた。
 早春の真っ青な空は、薄桃の水彩具をつけた刷毛でさあっと掃いたように、ところどころを霞ませて、キラキラと輝いていた。
 今から半世紀も前、隆もこの駅を乗り降りしたのだろうか。未来へのあふれる夢と青雲の志を抱きながら。 記事を読む

夏の女(3) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
夏子はますます浩二と一緒にいたがるようになり、彼は夏子の大胆で積極的すぎる行動が、かえって怖くなってきた。派出所へも、もう口実などなくても、平然と、
「今度の外回りの時間は何時から?」
と言ってやってきた。
「ちょっと、ちょっと。かんにんしてくれよ。公私混同がすぎるぞ。もう少し、僕の立場も考えてくれないと……」 記事を読む

夏の女(2) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 外へ出た途端、むせ返るような空気がなだれ込んできた。特別蒸し暑い夏の午後だった。
浩二は友人の家に向かってバイクを飛ばしていた。特に約束があったわけではなく、退屈しのぎにはなるだろうと出てきたのだ。体にまとわりつくべっとりと湿気を帯びた不快な空気も、バイクを目いっぱいに飛ばしていれば少しはしのげた。
突然、背後からクラクションを鳴らされた。 記事を読む

夏の女(1) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 夏子が指定した名古屋市北区のバス停は、昔、浩二が勤務していた派出所の近くだった。
 浩二は名古屋駅からタクシーを飛ばして、つい先ほど、このバス停に着いた。
「この辺も、ずいぶんと変わったなあ」
 彼はバス停のベンチに腰かけながら、感慨深げに辺りを見回した。 記事を読む