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冤罪を晴らしたい(1) | 秘密のあっ子ちゃん(126)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

探偵の仕事をしていると、時には私達が思ってもみなかったような依頼が入ってきます。
例えば、あるヘッドハンティングの会社からは「クライアントの要望として、これこれの能力を持った人物が欲しいと言われているのだが、どの人がその資格を持った人なのか特定しようがないため接触すらできない。こういった能力を持った人の氏名や住所、年令、出身学校、現在の役職と年収を割り出してほしい」などという依頼が入ってきたりします。
あるいは、ある女性からは「交通事故を起こしてしまったが、示談の話合いの中で恐喝めいたことを言われた。言葉使いもそれっぽいので、先方が暴力団かどうか調べてほしい」という依頼もありました。
また、こんなケースもありました。「いたずら電話がひどく、営業妨害になっている。だいたい誰がしているのかはおおよその見当がついているが、その人物だという確固たる証拠を掴んでほしい」
世の中には本当にいろいろな依頼があるもんだと我ながら驚く始末です。
でも、今までに私が一番驚いた調査依頼は今お話したようなことではありません。今回はその「私が一番驚いた」依頼のお話をしましょう。
その依頼人は「知人の紹介で」ということでやって来られました。
彼は三十才前後の、頭を板前風に角刈りにした体格の良い青年でした。物の言い方も礼儀正しく、かなり厳しい縦社会で過ごしてきたのが容易に想像できました。 彼は「後見人」という叔父さんと一緒にやってきていました。その叔父さんの方はというと、今時珍しいパンチパーマ風で、生粋の河内弁の上に、着ているシャツのデザインや指にはめた太い金の指輪など、どこか堅気ではないような印象を与えました。
私に話すのは、もっぱらこの叔父さんでした。
「いやぁ、どうもこうもひどい話ですわ。先生、何とかコイツのために力になって下さいな」
彼はそう切り出しました。 「実は、コイツは冤罪の罪で、もうすぐ入らなあきませんねん」
「えっ?冤罪?!」
私は驚きました。
「で、何の罪ですか?」 「『傷害』ですねんけどネ。コイツはやっとりませんのや」
「ちょっと、待って下さい。最初から説明してもらえませんか?」
私は「冤罪」の罪に問われた人が今、自分の目の前にいると聞かされ、ただただびっくりしていました。
依頼人の叔父さんの説明によると、事件は十年程前のことでした。ある夜、依頼人が親しかった女性が口論の末、刃物で傷つけられたのでした。当時、彼女は依頼人の心変わりを恨んでいました。
当初、彼女の「狂言」ではという風評もありましたが、傷の具合などからそれはあり得ないことが分ってきました。
彼女と依頼人が最近もめていたこと、それに事件当時、彼女のマンション前に彼の車とよく似た車が駐車されていたという目撃証言が出てくると、疑いは一挙に彼にかかってきました。 しかも、彼にはアリバイを立証する手だてが全くなかったのです。
彼は一人住いでした。当日、彼は前日からの深夜勤務で疲れ果て、早々に帰宅して眠り込んでいました。彼が帰宅した姿を近隣の人は誰も見ていませんでした。夜に一度だけ電話がかかってきましたが、起きるのも面倒で、それにも出ませんでした。
依頼人はいつも自分の車をマンション近くの路上に駐車していました。今程「駐車禁止」をやかましく言わない時代です。しかも、彼のマンション近くにはまだまだ空地や畑がたくさんありました。
その日、深夜勤務が明けて帰ってきた彼は、いつも自分が占有している場所に車を駐車しようとしました。しかし、時間が早かったせいか、そこには別の車が駐車されていました。やむなく、彼は少し離れた場所に車を止めたのです。
それが彼にとっては三つ目の不運でした。彼を知る近所の人は、事件当日、彼の車が戻ってきていることを全く知りませんたでした。 こうして、不運がいくつも重なり、彼はアリバイを立証することが困難となっていきました。逮捕された後、いくら彼が「当日は自宅で眠り込んでいた」と主張しても、それはなかなか聞き入れてもらえなかったのです。
そして、何よりも決定的だったのは、傷つけられた女性の証言でした。あろうことか、彼女は「犯人は彼である」とはっきりと供述調書に述べているのです。 「何故、そんな嘘を言うのか」と、彼は彼女に問い正したかったのですが、容疑者である彼が被害者の彼女に会わせてもらえるはずもありませんでした。
依頼人は冤罪を主張しましたが、それは結局聞き入れられず、一審の裁判が始められました。 裁判でも彼女ははっきりと「犯人は彼である」と証言しました。
「もう、腹の中が煮えくり返って…」
その時の心境を彼はそう語りました。
「彼女は自分を刺した犯人の顔を間違いなく見ているはずでしょうに、何故、あなたが犯人だと証言したんでしょうねぇ?」
話を聞きながら、ずっと疑問に感じていたことを私は尋ねました。
「あれから一度も会ってませんので、直接本人に確かめた訳ではありませんが」彼はこう断ってから続けました。「金にしようと思ったんだと思います。彼女はブティックをしたいと言うので、その金の一部を僕が出してやるという約束をしていました。当時、僕が他の女に目がいったのは確かですが、実はその前にアイツが別の男を作っていたんです。アイツはそれを誤魔化せると思っていたんでしょうが、僕に問い詰められて慌てていました。その男とも金のことで揉めていたようです」
私は何となく彼女のイメージが涌いてきました。
依頼人の冤罪の主張は聞き入れられず、始められた一審の裁判でも彼女は「自分を刺したのは彼である」と証言しました。 「そりゃ、すごい演技力でっせ。証言台では泣き崩れるし、法廷を出る時には倒れるしで…」
彼の「後見役」の叔父さんがそうつけ加えました。 「彼女はそんな嘘を堂々と演技できるような人なのですか?」
「ええ、そういうことは平気だと思います」今度は彼が答えました。
「へえ。で、彼女は何をしていた人なんですか?」 「モデルをやってたんですけど、モデルと言ってもよっぽど有名にならないと食えませんからねぇ。夜はクラブに勤めてました。今は東京に行って、AVかなんかに出てるらしいですけど…」
すると、彼に替わって叔父さんがこんな話を始めました。
「コイツが疑われたのにはワシの責任もあるんですわ。実は、ワシは昔はそこそこの組長でしてね、いや、今は歴とした堅気でっせ。けど、一時コイツにも組を手伝わしてまして、地元の警察には目を付けられてましたんですわ。警察に偏見はないと言っても、アイツの甥ではということもあったんやろと思てます」
「昔は組長だった」という叔父さんの話を聞いて、私は「どうりでこの叔父さんはどう見ても堅気に見えなかったんだな」と、変な所で納得してしまいました。 叔父さんは説明を続けます。
一審は彼に有罪判決が下されました。この頃から、マスコミも彼の事件を取り上げ始めたと言います。
彼は一審の判決が出るとすぐに控訴しました。二審では、彼が無罪を勝ち取りました。しかし、検察側が上告しました。事件は最高裁の判断に委ねられたのでした。
最高裁の裁判中、弁護士もマスコミも彼に「無罪は間違いなし」と彼に語っていました。彼もそれを聞いて安心していました。しかし、結果は逆転敗訴で、彼に懲役二年の刑が言い渡されたのでした。その判決が出たのはつい二カ月程前のことだと言います。
「えっ?!では、収監されるのはいつですか?」
私は驚いて尋ねました。 「今月末です」彼は淡々とした表情で答えました。 「まぁ!それではあまり時間がありませんねぇ」 「ええ、そうなんです」彼はそう言いながら、自分の心境を語り始めたのでした。
「収監は今月末ですから、僕が動ける時間はあまりありません。一時はもういいかとも思いました。懲役二年と言っても未決拘留の分もありますから、ちょっと辛抱すればすぐに出てこられる訳ですから…。でも、やっぱりこのままではやってもいないことがやったということになりますし、何と言っても、『アイツは痴話喧嘩の末、女を刺した』などとずっと思われるのはがまんできません」
依頼人は自分の心境をそう語りました。硬派らしい彼の意見だと私は思いました。彼は罪に問われて刑務所に入るのが嫌だというよりも、名誉を回復したがっていたのです。 「それで、お願いというのはですね、」叔父さんの方が続けました。
「真犯人がどこにいるかを探してほしいのでわ。この事件をやったのは誰かはだいたい分ってるんです。ところが、ソイツが今どこにいるのかが皆目分りませんねん。あの事件以来、姿を消しているですわ」
「えっ!?真犯人が分っているんですか?」
私は三たび驚きました。本当によく驚かされる依頼でした。
「ええ、だいたいの察しはついています。当時、被害者の女とつきあっていた男です。ソイツも僕の男と似た白い車に乗っていましたし、後で女の連れから聞いた話では揉めていたらしいですしネ。体格も僕と似ていますし、髪の毛もこんな風に角刈りにしていました」
「ソイツはつまらんチンピラですねん」叔父さんがまた口を挟んできました。 「その人のことはよくご存知なのですか?」再び私は尋ねました。
「よくご存知という訳ちゃいまぅけど、地元でチンピラしてたら、ワシの耳にすぐに入りまっさかいな」 「ええ。でも、さっきのお話だけでは、その人が真犯人だということは立証しにくいと思いますが…。それに、警察ではその人のことを疑わなかったんでしょうか?」私は湧いてくる疑問について、そう言いました。 「警察も一時はソイツも可能性があると思ったようですが、何しろ、被害者本人がそれを否定し、僕だと断定していますから、疑いは消えたようです」
今度は依頼人が答えました。
「さき程の話だけでは、その人が真犯人であるということは立証できないのではないか」という私の質問には、依頼人の叔父さんが答えました。
「マ、勘ちゅうモンがありますので、ワシラはソイツに間違いないと思っとりますが、今さら立証するつもりはありません。どっちみち、コイツはもうすぐ収監されるのでっさかい。実は、もう時効が成立しとるんです。ですから、ソイツはもう罪に問われませんのや。ですから、見つけ出せたら、その辺の訳をようよう話して、名乗り出てもろて、何とかコイツの名誉だけは回復させてやりたいんですわ。別に倍償やらどうのこうのと言う気はありまへん。却って、ちゃんと名乗り出てくれたら、面倒見たってもええとさえ思ってます」
「なるほど、そういうことか」と、私はやっとその日、二人がやってきた依頼の意図が分りました。
「先生」叔父さんが私にそう呼びかけて言いました。 「何とか力になって下さいな。うまいこといったら、お礼はちゃんとさしてもらいますさかい。放ってはおきまへんがな」
「先生と呼ばれる程…」という言葉が頭に浮かびながら、私は「料金は正規の分で結構です」と答えていました。却って、「こんなことを言う人程、金払いが悪いや」と思ってもいました。
私は、「後見役」というこの叔父さんのタイプはあまり好きではありませんでしたが、依頼人の無念の想いがよく理解できましたので、この依頼は受けようと思ってました。見るからに律義で、筋を通さなければ気が済まないような彼の性格からして、やってもいないことをやったとされるのは耐えられないであろうことは容易に想像できました。
それでも、どうしても消えない疑問が一つあり、私はそれを尋ねてみました。 「その居所を調べてほしいという人が真犯人ではないかと思っておられたのでしたら、何故今までその人のことを放ったらかしにしていたのですか?」
「ええ。そう思われるのはよく分ります。弁護士やマスコミも皆、『無罪間違いなし』と言ってくれていましたので、僕も絶対無罪判決が下ると信じていたんです。僕としては自分の冤罪が晴れればそれでいい訳で、無罪なら何もソイツを探す必要はないと思っていたんです」
彼の答えに私は「なるほど」と納得しました。
弁護士やマスコミが「これは冤罪だ」と確信したように、私の心象も彼は「白」でした。その根拠の観点は弁護士達と少し異なっていましたが…。
弁護士やマスコミが依頼人を冤罪だと信じた観点とは少し違いましたが、私も彼を「白」だと思いました。

<続>

空き巣に狙われている!?(2) | 秘密のあっ子ちゃん(125)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

「で、そのTさんは何とおっしゃいました?」
私はさらに彼女(24歳)に尋ねました。
「『僕じゃない』って。第一、私はその人と初対面でしたもの。その人も『僕の名前を騙(かた)って、けしからんヤツだ』って言ってました。それで、何か困ったことがあったらいつでも連絡しておいでって、携帯の電話番号を教えてくれたんです」
「腑に落ちない話ですねぇ」
「でしょう?変な話だと思いません?」
彼女は何度も「変な話だ」と言いました。
「その税理士さんはあなたの目の前でTさんに連絡を取られたんですか?」 「いえ、後で連絡を取っておくと言われたんで、私の電話番号を言っておいたんです。そしたら、Tさんの方から電話が入ってきて、『会おう』と言わはったんです」
「ふーん。どうもクサイですねぇ。その“T”と名乗って来られた人が本当に“T”という名前なのかどうかも分かりませんしね」 「そうなんです。一番おかしいと思うのは、最初に税理事務所に電話した時には、私が名刺をもらった“Y”が電話に出たんですから」
彼女は口ととがらせて、そう言いました。
彼女の飛び飛びの話からも、ようやくこれまでの状況を把握することはできました。しかし、彼女が一体当社に何をしてほしいと思ってやってきたのかは、話の流れからでは全く分かりませんでした。 「で、調査のご依頼の内容とは何でしょうか?」
私は聞きました。ところが逆に、「どうしたらいいんでしょうか?」と、質問をされてしまいました。
「それはあなたがどうされたいのかによります。その税理士さんと“Tさん”という人がおかしいということでしたら、“Tさん”が本当にTという人物なのか確認する必要があるでしょうし、二度と空き巣に入られるのが嫌だからということでしたら、防犯面を考えないとダメですし、盗聴が気になるということでしたら、盗聴の有無を確認すべきでしょう」 私は細かく説明しました。
「うーん……。全部です」彼女はそう答えました。
私は“T”の人物確認と盗聴の有無の確認は当社でできるが、防犯面は警備会社かセキリティ専門の所に依頼された方がいいと答えました。すると、彼女はこう言ったのです。
「ボディガードのようなことはやってもらえないのでしょうか? 」
たっての望みとあればしない訳ではありませんが、ボディガードというのは元来セキュリティ専門の会社の仕事であって、調査会社の仕事ではありません。しかも、料金がかなり高額になるため、治安のよい日本では少ない仕事なのです。 その辺りのことを説明すると、彼女自身、今ほとんど予算がないと言っていたにもかかわらず、少し不満そうでした。彼女は映画の影響なのか、現実と少し違うイメージを描いていたようです。私は「ウチにはケビン・コスナーみたいな“ボディーガード”はいませんよ」と言いたくなるのを押さえるのに苦労したものです。
「ボディーガードをつけたい」、「防犯カメラも設置したい」、「盗聴の有無の確認もしたい」、「“T”なる人物が何者かを調べたい」と、いろいろ希望のある彼女でしたが、何しろほとんど予算のない中で、今後の方策を考えなければなりません。
で、結局、私の知り合いのセキュリティ会社に防犯カメラの見積もりを取り、盗聴の有無の確認と“T”なる人物の確認の内、一番料金の安いものを選ぶということになりました。
私はすぐに防犯カメラの見積もりを請求しました。その見積もりがまだ来ないうちに、彼女から電話が入りました。
「考えたんですけど、やっぱり私が会った“T”という人が本当に“T”なのか、すぐに調べてもらえません? 」
彼女の口調は随分急いでいるようで、私達は早速“T”なる人物の確認作業に入りました。
二日後、その調査も半ばにさしかかった頃、再び彼女から電話が入りました。 「どうしても気持ち悪いんで、やっぱり盗聴されているかどうかも至急に調べてほしいんです」
「それでは」ということで、盗聴の有無の確認に出向く日時を「週末にも」と決めたのです。
彼女の自宅へ出向くという前日、請求していた防犯カメラの見積もりがやっと届きました。
その金額をを彼女に連絡しようとした矢先、三たび彼女から電話が入りました。 その話を聞いた時、私は目が点になりそうになったのです。
「“T”なる人物が本当にTであるかを確認してほしい」、「盗聴の有無も確認してほしい」と矢継早に依頼してくる彼女の要望に添って作業を進めていた私は、三度目の彼女の電話では目が点になりそうになりました。
「ちょうど今、ご連絡しようと思っていたところなんです。防犯カメラの見積もりが上がってきました。“T”の確認については順次進めています」。電話口に出た私は、早速こう言いました。
「そうですか…」。彼女は浮かない返答でした。「明日、盗聴の確認でウチへ来てもらうことになってますよね? それ、ちょっと中止してもらいたいんですけど」
「それは構いませんが、何か新たな事態が起こったのですか?」
「ええ、それが全財産を盗られたんです」
彼女の返答に、私は驚きました。
「また空巣に入られたんですか?」
「いえ、今回はそうじゃなくて、友達が、台湾の友達を居候させていると言ってたでしょ、その子に全財産を預けていたんですけど、彼女が引ったくりに会ったんです」
「今、ウチに居候させている台湾の友達に、私、全財産を預けていたんですけれど、その子が引ったくりに会って盗まれてしまったんです」
彼女の身の上には次々と災難が起こるので、私は驚いてしまいました。それにも増して、何故全財産をその台湾の“友人”に預けていたのかが不思議でした。
「部屋に置いていたら、また空巣に入られると思い、預けていたんです」
私の疑問に彼女はそう答えました。
「で、引ったくりって、どんな状況だったんですか?」
「彼女の言うには、デパートでやられたって。すぐに届けたら、トイレから彼女のバックとパスポートだけは出てきたらしいんですけど…」
「バックとパスポートは出てきたんですか? 現金の他に彼女に預けていたものはありますか? 」
「あと、カードとか…。それも全部盗られたんです」 「それって、ちょっと変ですよ。彼女のパスポートは盗られてないんですよね?」
「それって、ちょっと変ですよ」。私は彼女の話を聞いて、ある一つの確信を持ちました。
「そのお友達の人柄やあなたとの親密度がどれくらいなのか分かりませんので、一概に断定することはできませんが、彼女を疑ってみる必要はあるんじゃないですか? 彼女の狂言だという可能性は十分考えられますよ。彼女のパスポートだけが出てきているのも変です。外国から来ている人はパスポートだけは絶対に手放しませんしね。それに、これまでの空巣の件も、合鍵を持っている彼女だと考えれば、警察の言うように外から侵入した形跡がなくてもやすやすと盗めれるでしょう」
「そうですねぇ…、そうですよね。そう言えば、3回目の空巣に入られた時、試しに私、店に出る前にわざと10万円をバラ散いておいたんです。そしたら、帰ってきたらきれいになかったですから…」
彼女も心当たりがあり、友人が怪しいと思ったようです。しかし、確たる証拠がある訳でもなく、“友人”でもあるので、訴えるかどうかは逡巡していました。 「どちらにしても、もう私の部屋からは出ていってもらいます」彼女は言いました。
こうして、彼女の「不思議な体験」は一応の“決着”をみたのでした。

<終>

空き巣に狙われている!?(1) | 秘密のあっ子ちゃん(124)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 
 つい最近、「狙われている」と助けを求めて飛び込んで来られた女姓がいました。
 彼女はキタのある高級クラブに勤める二十四歳のホステスさんでした。顔立ちは非常に美しく、その上、男性から見れば「守ってやらなければ」と思わせるような可愛いさがあり、常に自分の手元に置いて独占したくなるような雰囲気を持った女性でした。
 聞くと、彼女はこの二ケ月の間に三度も空巣に入られてたと言うのです。
 一度はセカンドバックの中の現金十万円程度とキャッシュカード類全て、二度目は毛皮やブランド物のバックなど、計四百五十万円相当を盗まれたとのことでした。もちろん警察には届け、現場検証はしてもらったと言います。
 「で、警察の方はどうおっしゃってました?」
 私が尋ねると、彼女はこう答えました。
 「ベランダからといった、外からの侵入の形跡はないと言われました。私はたぶん合鍵かなにかを使って、玄関のドアから入ったんだと思うんです」
 「警察の方の捜査は進んでいるようですか?」
 私は彼女に尋ねました。 「いえ、それが動いてくれている様子がないんです。現場検証の時、指紋が出ないかも見てくれたんですが、それも出なくて、その後は何の連絡もありません」
 「そうですか。で、今日は当社に何をしてほしいということでお越しになられたんですか?」
 私は話の筋がよく見えず、そう聞きました。
 「実はネ、この空巣は誰がやったのかはだいたい検討がついているんです」  彼女はこんな話を始めました。
 「店のお客さんで、以前からすごい口説かれてた人がいて、私が相手にしないもんだから、たぶんその人が嫌がらせてやっているんじゃないかと思うんです」 「ふ~ん。で、その人がやったという確証はあるんですか?」
 「私、盗聴もされているんです」
 彼女は私の質問には直接答えず、次の話を始めました。
 「友達と電話で話したすぐ後にその人から電話がかかってきて、友達との会話の内容を知っていたんです。盗聴されているとしか考えられないでしょう?」
 「友達と電話で話していたすぐその後に、その人から電話がかかってきて、友達との会話の内容を知っていたんです。盗聴されているとしか考えられないでしょう?」
 依頼人は言いました。
 「その可能性も否定できませんが、それだけでは断定できませんねぇ。その友人に話された内容をお店でされたことはないですか?」 私は尋ねました。
 「……、してないと思いますけど……。それに、その前後、マンションの前に変な車がよく止まっていたんです」
 「変な車って、ナンバーは控えられましたか?」
 「いえ、控えてません」 「そうですか。ナンバーが分れば、その車は誰の所有者かを割り出せますので、今回の件と関係があるかどうか判定できるんですがねぇ……」
 「それよりも『盗聴』って、どんな風にされるものなんですか?」
 こういうことに関して素人である者としては至極当然なことですが、彼女は自分が一体何をされているのか分らないことに相当な不安を感じているのでした。
 私は考えられる「盗聴」のパターンを依頼人に説明しました。
 「一つは目覚し時計や受話器などの室内の器具や家具にセットするものと、もう一つは電話回線にセットするものとがあります。これは電波がさほど遠くへ飛ばないので、隣室や近くに車を待機させておいて聞く必要があります。ですから、先程おっしゃられた『変な車』というのは可能性がない訳ではありません。しかし、電話回線に盗聴器をセットするのは法律違反ですし、見つかれば“逮捕”ということになります。電柱につけておくのは目立ちますし、NTTも常に注意していますから、遊び半分の嫌がらせでするにはリスクが大きすぎますねぇ」
 「部屋の中にセットするのは簡単なんですか?」
 彼女はまだ不安が取れないようでした。
 「盗聴器をセットしたものをあなたにプレゼントするか、直接部屋に侵入してセットするかでしょうねぇ」 「私、絶対、部屋の中にセットされているように思いますわ。それを発見するということはできるんですか?」
 「ええ。それは十分可能ですが、あなたの部屋は侵入しやすいような構造なんですか?」
 依頼人が不安にかられる気持ちは重々理解できるのですが、私にはどうも彼女が先走っているように思え、そう尋ねました。
 「いいえ、ベランダから入るという手はありますけど、十階建ての七階ですから、『簡単に』という訳にはいかないと思います。あとはドアから入るしかありません」
「合鍵を誰かに渡しておられますか?」
 再度、私は尋ねました。 「ええ。今、台湾の友人が居候してますから、彼女にだけは渡してあります。空き巣に入られてからは何回もキーを換えて、今は電子ロックにしています。これは私の承認がない限り、合鍵は作れないそうです」 「で、その台湾の友人という方は信頼のおける人なんですか?」
 「ええ。それは大丈夫です。空き巣に入られたことも一緒に心配してくれてますし……」
 私は彼女のその“友人”という人の人柄や彼女との親密度をよく知りませんので、彼女が「大丈夫」と言えば、それ以上何も言うことはできませんでした。
 彼女の話はまだまだ続きます。
 「私、そのお客さんと話をつけようと思って、税理士さんに電話したんです」 「ちょっと待って下さい。“そのお客さん”というのは、盗聴したり空巣に入ったりした犯人だとあなたが思っている人ですね? で、その人に連絡を取るのに、何故税理士さんに電話するんですか?」
 彼女の話は注意深く聞かないとよく分からないところがあります。
 「その税理士さんがその人をお店に連れて来た人です。私は税理士さんの名刺をもらっているので、税理士さんの電話番号を知っていますけど、その人の連絡先は知らないからです」
 「話がややこしいので、“その人”のお名前は何とおっしゃいます?」
 「高橋です」
 「でも、高橋さんが仮に犯人であっても、直接話したところで認める訳はないでしょう?」
 「だけど、他にどうしていいのか分からなかったから……」
 「で、高橋さんとは連絡が取れたんですか?」
 「それがね、」彼女は身を乗り出して言いました。 「事務所に訪ねていくと、全く違う人が『私がここの税理士です』って、出て来られたんんです」
 またまた、彼女の話は訳が分からなくなってきました。
「ちょっと待って下さい。あなたが名刺をいただいた税理士さんの事務所に訪ねていくと、別の方が出て来られたんですね?」
 彼女の話は筋がよく分からない所があって、私は再度念を押して尋ねました。
 「そうなんです。名刺をもらったのは三十代の人で、名刺には『吉田誠税理事務所、吉田誠』って、書いてあったんです。それで、そこに電話したら、その人が出られたんですが、事務所へ行くと、六十代の人が『私が吉田です』って、出てきたんです」
 「親子か何かじゃないんですか?」
 私はてっきり彼女の勘違いだと思いました。
 「いえ、違います!」
 彼女は断言しました。
 「私、『吉田誠先生ですか?』って、確認したんですよ。そしたら、オジイ、あ!オジイなんて言ったらあかんね。その人は『私が吉田誠です』って言うんです。それに『ウチでは税理士は私一人です』って言うんです」
 「ふーん。変な話ですねぇ」
「そうでしょう? それにもっと変な話があるんですよ」
 彼女の“変な話”はこれで終わらなかったのです。
 その税理士さんに彼女は、「私が名刺をもらったのはもっと若い方でした」と、そのいきさつを説明したのでした。 「で、その税理士さんは何とおっしゃいました?」 私は尋ねました。
 「『私の名前を騙(かた)るなんて、けしからんヤツだ』って。それで、Tに会ったら、これがまた全然別の人だったんです」
 「ちょっと待って下さい。どこでTさんと連絡が取れたんですか?」
 彼女の話はまた飛ぶので、私はそう質問せざるを得ませんでした。
 「いえ、私が名刺をもらったYという人から紹介されたTに会いたいんだと言うと、その税理士さんは『私の友人にもTがいる。あなたが会いたいのはその人間かもしれないので、私が連絡を取ってやろう』と言ってくれたんです。翌日、連絡が入ったんで会いに行くと、全然違う人だったんです。私の言うTは三十代ですけど、その人は五十代後半の人でした」
 彼女の言う“もっと変な話”とはこういうことでした。でも、私は“T”と名乗る別人が現れたということより、その税理士の友人にも“T”がいたということの方が偶然にしてもできすぎていると思いました。

<続>

単なる娘の家出ではなく・・・(5) | 秘密のあっ子ちゃん(123)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 「彼女の叔父さんとなると、周りに漏れる危険性はございませんか?」
 この間の彼女(35歳)の動きに内通者の存在を確信していた私は、今回、同行する人が身内の人だと聞いて、そう尋ねました。
 「いや、それは大丈夫です。弟も仲人をしたことから、責任を感じて、今回のことは親身になって心配してくれてます。弟がアイツに情報を漏らすということはあり得ません」
 依頼人(62歳)はきっぱりと言いました。
 「それでは、今回の動きは叔父さん以外、誰にもお話しにならないで下さい」 依頼人も今回が最後のチャンスになるであろうことは理解していましたので、私のこの申し出は必ず守ると約束してくれたのでした。 翌日、私は再び北九州市へ向かいました。夕刻、例の部屋を見に行くと、まだ明かりは点いていませんでした。
 「あそこのお家の方はいつも何時ごろお帰りですか?」
 私は近くの八百屋さんに尋ねました。
 すると、こんな答えが返ってきました。
 「ああ、あそこの人は二日前に引っ越されましたよ」 私は「しまった!」と思いました。またしても逃げられたのです。
 「どちらの方へ行かれたかはご存知ないですか?」 それでも、藁をもすがる思いで、私はそう尋ねました。すると、こんな返事が返ってきたのです。
 「すぐそばらしいですよ。何でも、今までの所は狭くて汚いからと言っておられました。ここの道を真っすぐ行って、二つ目の角を曲がった辺りらしいですけど……。毎日、だいたい今ごろの時間にウチに買いに見えられますけど、今日はまだ来られてませんねぇ。来られたら、何か伝えておきましょうか?」
 重要な情報を教えてくれた奥さんの親切は有り難いものでしたが、彼女自身に何か悟られるようなこと言ってもらうのは困りました。 「いえ、いえ。今から行ってみますので、それには及びません」
 そう言って、私は教えられた道を歩き始めました。 ところがなんと、五十メートル程行くと、前から当の彼女がこちらへ向かって歩いてきているではありませんか!
 私はこの依頼を受けてから半年以上も、彼女の写真を見続けていましたから、遠目でもすぐに彼女だということは分かりました。
 その日は小雨が降っており、私は傘をさしていました。彼女の姿を見つけると、思わず「ウッ!」と思って、私は傘で自分の顔を隠しました。しかし、よく考えると、私は彼女のことをよく知っていても、彼女自身は私のことをまるで知らない訳で、隠れる必要はなかったのです。
 彼女は私とすれ違うと、そのまま八百屋に入りました。奥さんが私が彼女のことを今しがた尋ねて来たと言いはしないかと気になりましたが、彼女はすぐに店から出てきて、そんな話をしている様子はありませんでした。
 私は再び彼女が通り過ぎるまで物陰に隠れていました。そうして、追尾が気づかれない距離になるまで待って、尾行を始めました。
 彼女は八百屋の奥さんが教えてくれた角を曲がると、五、六軒目の家に入っていきました。
 彼女が家に入ったのを確認すると、私はその家をもっとよく見ようと近づいていきました。ところが、ちょうど私が家の前に来た時、突然、また彼女が家から出てきました。その時、私達は目が合ってしまったのです。
 私はまずいなと思いました。先程すれ違った時は何ら問題がない訳ですが、同じ人間が時間をおいてまた現れたならば、警戒心が強い人物なら何かを感じるはずです。
 それでも、私は素知らぬ顔をして通り過ぎ、かなり離れてから、大阪で待機している依頼人に電話を入れました。間違いなく彼女のいる所が確定できたことを伝えたのです。そして、こう付け加えました。
 「彼女は私を二度も見ていますので、勘が良ければ、今夜に動く可能性があります。私なら夜中に逃げますねぇ」
 依頼人は「それならそれで仕方がない。とりあえず、明日の朝一番の飛行機で、弟と共にそちらに向かう」と答えたのでした。
 その夜、私は彼女の動きが気になりましたが、夜中に交替もなく、一人で張り続けるのは却って不審人物と間違われる可能性が高いので、いたしかたなくホテルに戻ったのでした。
 そして翌日、朝一番に彼女の部屋の様子を見に行ったのでした。
 そこで、私はひと安心しました。というのも、外から見る限りでは、部屋は荷物を運び出した気配がなく、前日とは何ら変わりなかったからです。
 私はその足で福岡空港に向かい、依頼人と仲人をしたという彼女の叔父さんを出迎えました。 二人に状況を説明し、夕方、私達は再び彼女の部屋に出向きました。そして、彼女が帰ってくるのを待ったのでした。
 ところが、いくら待っても彼女は帰ってきません。昨日、私が彼女を見かけた時刻はとっくに過ぎ、もう午後の八時近くになっていました。依頼人は、彼女を捕まえたら、すぐにその足で新幹線に乗り、今日中に大阪へ連れて帰りたいと言っていました。しかし、これではもはや新幹線に乗ることはできませんでした。
 私達はじりじりとして、彼女が現れるのを待っていました。すると、八時半が過ぎた頃、車に乗って彼女が帰ってきたのでした。運転していたのは彼女自身で、一人でした。
 彼女は運転席から降りると、車のエンジンをかけたまま、家の中に入っていきました。
 私は彼女が父親の姿を見つけて慌てて車で逃げると困ると思い、とっさに駆け寄り、車からキーを抜き取りました。依頼人と叔父さんは私が叫んだ「帰ってきた!」という声で、私の後ろから家の方へ向かって走ってきています。ところが、依頼人は少し足が悪くて、すぐには車のところにはたどり着けませんでした。
 私が車のキーを抜いた途端、彼女が家から出てきました。そして、キーを取っている私を見て、車泥棒とでも思ったのでしょう。
 「いや、あんた! 何してんの!」
 そう言って、彼女は私に詰め寄ってきました。私は依頼人に「早く!」と呼ぶこともできません。彼女が気づいて逃げ出しては、走って追いかけて捕まえるのも、また大変だからです。
 彼女がまさに私の胸ぐらを掴まんとした時、依頼人と叔父さんが車の所にやっとやって来ました。彼女は私が抜き取ったキーに気を取られて、二人が後ろに来たことさえもまだ気づいていませんでした。
「お前は、なんてことしたんや!」
 前日から降っていた小雨のために持っていた傘で、突然、依頼人が彼女を殴り始めたのでした。
これまで捕まえられそうになっては逃げられ、ほぼ一年近くもかかった捜索への心労と彼女への心配が高じてか、依頼人は持っていた傘で彼女を殴り続けていました。
 「お父さん! まあ、まあ・・・」
 私は二人に割って入り、依頼人を押し止めました。 「もう、その辺でいいでしょう。とにかく、話をされないことには埒があきません」
 すると、彼女がこう言い出しました。
 「お父ちゃんが怒るのは分かる。私もいずれきっちりと話しせなあかんと思っていたから。でも、この車、人の物やから、返しにいかんとあかんから……」
 私は彼女を一人で行かせてはまずいと思い、「じゃあ、お父さんも叔父さんも乗って下さい」と促し、彼女にキーを渡して車に乗り込みました。
 着いたのは十分程行った所の寿司屋でした。そこには、駆け落ち相手の男性と友人らしき人が数人がいました。
 依頼人は男性を見るなり、「お前のお陰で!」と叫びながら、またもや持っていた傘で彼を殴り始めました。
 男性は何の抵抗もせず、依頼人に殴られ続けていました。
 それを見た寿司屋の大将は「警察を呼べ!」と騒ぎ始めました。しかし、「これは身内の話や!」と私が一喝すると、彼は黙ってくれたのでした。
 私は再び「話し合わないと殴っていても仕方がない」と依頼人を促し、依頼人や彼女達を二人の家へ戻しました。
 何時間も話し合ってもらった結果、とりあえず彼女は大阪へ戻ることになりました。ご主人とも今後のことをきっちり話をしなければならないし、ローンが残っている家の名義変更についても彼女の印鑑が必要だったからです。
 彼女はその話が決着すれば、すぐに北九州に残る彼の元へ戻るつもりでした。しかし、依頼人は彼女を一旦大阪へ連れ戻したならば、二度と外へ出さないつもりであるのは私の目からも明らかでした。彼の方と言えば、終始黙ったままでした。 依頼人は翌朝の新幹線を待ち切れず、このままタクシーで大阪へ帰ると言い出しました。私も翌朝まで待っていて彼女の気持ちが変わっても困ると考え、すぐにタクシーを呼んだのでした。 こうして、彼女はほぼ一年ぶりに大阪へ戻ることになりました。
 ほぼ1年がかりの捜索で、やっと彼女を見つけることができ、北九州から大阪までタクシーで帰ってきた私達。依頼人から電話が入ってきたのは、その二日後でした。
 「いやぁ、佐藤さんには本当にお世話をかけました。娘とは今、婿も混じえてボツボツ話し合いをしています」。そして、こう付け加えました。「お恥ずかしい限りですが、佐藤さんが言ってはったように、内通していたのは家内やったんですわ」
 そんな風に報告してくれたのでした。
 一件落着でホッとしたものの、私は彼女とご主人、そして駆け落ち相手の男性の奥さんの、それぞれの人生を想わずにはいられませんでした。

<終>